梨泰院事故からの大統領退陣デモ 韓国政界の不穏な動き

South Korean President Yoon Suk-yeol (Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images)

ハロウィンを2日後に控えた10月29日、ソウルの繁華街である梨泰院(イテウォン)で韓国を激震させた群衆事故が起こった。仮装をしてハロウィンを楽しもうと集まった150人余りの若者たちが、どうしてこうなったのかもわからずに圧死して亡くなった。事故の詳細は、日本でも散々報道されているので、ここでは省略する。

さて、韓国以外の国から見れば、こうした事故が起きて、その原因を調べ、今後このような悲劇が起こらないように対策を立てることが、至極、妥当なことと思われるだろう。

しかし、韓国では、この事故に関しては複雑な思惑が存在している。なぜなら、この事故が、政権交代を果たしたばかりの与党と新たに就任した大統領にとって致命的な出来事となる可能性があるからだ。

「セウォル号沈没事故」の暗い影


この事故が報じられたとき、筆者にはある図式が浮かんだ。若い命が多く亡くなる不幸な事故→政界で責任問題をめぐる「魔女狩り」(事故を茶化したり、非難したりできない雰囲気)→芸能界や知識人を語る人たちの与党批判→大統領退陣デモ→ 遺族のための募金活動→事故を象徴するグッズ販売→事故被害者または遺族の聖人化と、このような図式だ。

今回の事故は、2014年に起きた「セウォル号沈没事故」とよく似ているといわれる。修学旅行のために団体で乗船していた高校生たちが沈没によってその多くが亡くなってしまった事件は、いまだに韓国社会に暗い影を落としている。

当時、韓国初の女性大統領であった朴槿恵(パク・クネ)元大統領は、事件後にすぐに対応しなかったことを執拗に野党から責められ、毎週土曜日に弾劾デモが続き、結局、任期の半ばで弾劾され、刑務所に送り込まれた。そして、弾劾デモを主導していた野党側の文在寅(ムン・ジェイン)氏が新大統領に就任した。

筆者も当時の弾劾デモに参加したことが何度かある。政治的な志があったわけではなく、土曜日にソウル市庁前に行くと、無料でロウソクがもらえ、大通りが歩行者天国になっているので、デモ行進に続いて歩けば、音楽や踊りも見られ、何か楽しい気持ちになったのだ。そのときの韓国のデモは一種のお祭り感覚であったかもしれない。

その頃の韓国は景気が低迷し、若者は就職難に悩まされていた。「3放(サンポ)世代」という新造語もこの時生まれた。

「3放世代」とは、若者が就職できないため、恋愛、結婚、出産の3つを放棄するという意味だ。少子高齢化が進む韓国としては、大変残念な状況ではある。「ヘル朝鮮」という新造語もあった。これは、朝鮮つまり韓国がヘル(地獄)であるという意味だ。

韓国では「既成世代」や「既得権」という言葉がよく使われるが、これは国の高度成長期にあやかって、富をむさぼっている世代という意味だ。日本で喩えると、団塊の世代がこれに当たるかもしれない。昭和生まれの団塊の世代は日本の高度成長期にがむしゃらに働いて年功序列や終身雇用に守られ、定年退職後は年金暮らしの余裕がある。
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文=アン・ヨンヒ

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