イランで撮影が進むナチスのホロコーストの映画というかなりユニークな設定で、主人公がヒトラーの代役に抜擢されるという特異な展開だが、前述したように物語はそれだけにとどまらず、主人公に降りかかる数々の困難と愛ゆえの行動がかなりの力技で描かれていく。「ザ・ビースト」が演出、撮影、演技などで完成度の高い作品なら、「第三次世界大戦」は荒々しい魅力に溢れている。
「第三次世界大戦」のホウマン・セイエディ監督
他にも、望まぬ妊娠で生まれた子どもを外国人に斡旋する組織を舞台にしたスリランカとイタリアの合作「孔雀の嘆き」(サンジーワ・プシュパクマーラ監督)や、紛争のなかイスラエルとレバノンの国境地帯で暮らす人々を描いたキプロスとフランスとドイツの合作「テルアビブ・ベイルート」(ミハル・ボガニム監督)など、問題意識に貫かれた作品が印象に残った。
「孔雀の嘆き」(c)Sapushpa Expressions and Pilgrim Film
また、今回の東京国際映画祭では、14年ぶりに「黒澤明賞」が復活。これは、黒澤明監督の業績を長く後世へと伝え、新たな才能を送り出していきたいという趣旨から、世界の映画界に貢献した映画人、映画界の未来を託していきたい映画人に贈られる。
過去にはスティーヴン・スピルバーグ監督(2004年)や台湾の侯孝賢監督(2005年)などが受賞しているが、今回はメキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督と日本の深田晃司監督が受賞した。
黒澤明賞を受賞したアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督(c)2022 TIFF
来日して授賞式に臨んだイニャリトゥ監督は「黒澤監督は映画の殿堂のなかでも神と呼べる人。人間性の複雑さを映画のなかで描いている」と述べ、自身の作品も黒澤作品から大きな影響を受けているとした。映画祭では、最新作の自伝的作品「バルド、偽りの記録と一握りの真実」も上映された。
東京国際映画祭は、ベルリン(2月)、カンヌ(5月)、ベネチア(8月〜9月)の世界三大映画祭と同じく国際映画製作者連盟(FIAPF)によって公認された国際映画祭だ。例年10月から11月という開催時期もあり、今後、その三大映画祭にも並ぶイベントへと発展していくことを望みたい。
「第35回東京国際映画祭」コンペティション部門各賞受賞作品と受賞者
東京グランプリ 「ザ・ビースト」ロドリゴ・ソロゴイェン監督(スペイン/フランス)
審査委員特別賞 「第三次世界大戦」ホウマン・セイエディ監督(イラン)
最優秀監督賞 ロドリゴ・ソロゴイェン監督「ザ・ビースト」(スペイン/フランス)
最優秀女優賞 アリン・クーペンハイム「1976」(チリ/アルゼンチン/カタール)
最優秀男優賞 ドゥニ・メノーシェ「ザ・ビースト」(スペイン/フランス)
最優秀芸術貢献賞 「孔雀の嘆き」サンジーワ・プシュパクマーラ監督 (スリランカ/イタリア)
観客賞 「窓辺にて」今泉力哉監督 (日本)
連載 : シネマ未来鏡
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