東京国際映画祭3冠のグランプリ作品「ザ・ビースト」など 受賞作の見どころは


過疎化が進むスペインの村に移り住んだフランス人の夫婦と、昔からこの地で牛の飼育をして生きてきた隣家の兄弟。両者の間には明らかなカルチャーギャップが存在する。単に夫婦が外国人ということではなく、この土地に対する捉え方が異なっている。

夫婦は丁寧に土地を耕し農作物を育てこの地で暮らしていこうとしている。隣家の兄弟は開発計画に乗って資金をもらい新たな人生を考えている。むしろ両者の間で立場が逆転しているところが、この作品を単なる心理サスペンスの物語としては終わらせないものにしている。


「ザ・ビースト」のポスター

後半、ある事件をきっかけに離れて暮らす夫婦の娘が登場すると、物語は一変する。主人公が妻のオルガへと移っていくのだが、そこからがこの作品が映画祭の審査で高く評価されたところかもしれない。監督のロドリゴ・ソロゴイェンは次のようなメッセージを寄せている。

「世界には常に不正義が満ちている。その悔しさ、正義の欠落が、本作で追求したい感情だったのです。正義というものが面白いのは、それが議論の余地がないものではなく、相対的なものだということです。ある人にとっての正義は、他の人の正義とは限らない。本作をつくるにあたって、その考えを深く掘り下げ、観客自身に判断してもらおうと考えたのです」


「ザ・ビースト」のロドリゴ・ソロゴイェン監督

この言葉通り、「ザ・ビースト」は、東京国際映画祭のグランプリにふさわしい多様な切り口を持った力強い作品となっている。

14年ぶりに黒澤明賞も復活


今回、「ザ・ビースト」とグランプリを争ったのが、審査委員特別賞に輝いたイラン映画「第三次世界大戦」だ。

演技の経験がない1人の男が、突然、映画でヒトラー役に抜擢されるというブラックコメディのような展開の作品だが、もちろんそれだけの物語では終わらない。繰り出される予想外の展開に、どこに落ち着くのか最後まで目が離せない作品だ。


「第三次世界大戦」(c)Houman Seyedi

妻と息子を災害で失った主人公シャキープは、日雇いの労働者として建設現場で働いていたが、第二次大戦のホロコーストに関する映画が撮影されることになり、エキストラ役として駆り出される。宿無し同然だったシャキープは、そこで粗末ながらも寝食を得る。

映画でヒトラー役を演じていた俳優が急病で倒れたため、シャキープは代役の選考に参加させられ、監督から主役に抜擢される。それまで雨漏りのする場所で寝泊まりしていたシャキープだったが、一躍、撮影で使用される豪邸のセットが彼の宿泊所となる。

そこに危うい場所で知り合った聴覚障害を持つ女性ラーダンが訪ねてくる。彼女は悪い人間たちに麻薬漬けにされていて逃げ出してきたのだという。少しの間、シャキープのところに泊めてくれないかと頼み込む。もちろん豪邸のセットに外部の人間を泊めることは禁じられていたが、自分に好意を寄せるラーダンに心が動かされ、シャキープは彼女を匿うことにする。しかし、それがすべてのトラブルの始まりだった。
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文=稲垣伸寿

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