植野:普通の企業だったらありえない。
瀬名波:ほんとそう(笑)。でもリクルートは実際に舵(かじ)を切り、紆余曲折を経て、いまでは本当にHRテックが成長の柱になりました。
誰かの情熱やアイデアが戦略の真ん中に来るまでの精度とスピードは、なかなかマネができないものです。本気にならないと、かなり難易度が高いことなんですね。ちょっと新規事業をやって現場のガス抜きをしたいのか、本当に「未来の成長の柱がここにかかっている」と信じる覚悟でやるのかでは、まるで違いますから。
コロナ禍に伝えたメッセージ
植野:瀬名波さんにとって理想のCOOとは。
瀬名波:「2020年という年をどう過ごしたか」を見るとわかりやすいかもしれません。未曾有のパンデミックのなか、リモートワークへの対応、業績下降局面でのコストリダクションなど新しいアジェンダが増えていきましたが、私がずっと考えていたのは、大事なことを見逃してないか。つまり、いましかできないことは何だろう、という1点でした。いくつかその年にやったことがあるのですが、海外SBU(戦略事業単位)への株式報酬の導入もそのひとつです。Indeedだけでも世界中に約1万1000人の従業員がいます。日本株を外国で居住している人に株式報酬として支給するのはテクニカル面でも難しさがあって、一気に難易度が上がるんですね。
植野:外国株になるわけですから。
瀬名波:そうです。世界15カ国、米国だけでも三十数州に従業員がいて、州法もすべて違う。だからそれまで何度か検討しても「できない」と棚上げされていたのですが、2020年に何としてでもやろうと決めました。「コロナという未知の病によって業績は下がり、マーケットも冷え込むだろう。2〜3年ぐらいのうちに景気が後退するかもしれない」と考えたんです。だからこそ、いましかないと思いました。
株式報酬を入れることで「短期的な業績にとらわれず、まっすぐプロダクトをよくすることだけに集中していれば、長期的にはいいことがある」というメッセージを送りたかったんです。株価が低いタイミングで株式をもらえれば中長期的なキャピタルゲインは大きいわけですから従業員はうれしい。万難を排していまこそやる価値があるよね、と話して。現場、本社、社外パートナーが各国から参加する大きなプロジェクトになり、1年で導入を完遂しました。
植野:すごい実行力ですね。
瀬名波:2020年にしかできないこと、すべきことを考えた結果です。どのファンクションでもヘッドの「C」が付く人たちは「長い流れのなかで、いまがどこなのか?」を見誤ってはいけません。
CxOにはたくさんの案件が来るので、やらなくてはいけないことが目の前に増えていきます。ちなみに、私は「ばんそうこうは貼らない」と決めています。
植野:応急処置は施さない。
瀬名波:かすり傷では死なないじゃないですか。会社も同じ。そのうち血も止まるから……放っておく!
植野:唾でも付けとけば治るんだぞ、と。なんとも力強いメッセージですね。
瀬名波:ばんそうこうを毎回貼っているとそれなりに忙しくなるので、つい仕事をした気になります。でも、それが企業の価値を上げているかというと、たぶん上げてない。だから「本当に大事なもの以外はやらない」と常に意識しています。