【対談】岩井克人 x 孫泰蔵 経済敗戦の要因は「1周遅れの株主資本主義」にあり

孫 泰蔵(左)と岩井克人(右)


岩井:アメリカでは多額の利益が出た場合には配当を出し、業績悪化では控える。一方、日本はほとんどの企業が毎年配当を出し、赤字でも行っています(「Point 2」)。ヨーロッパはもちろん、非常に株主主権的なシンガポールでさえ義務付けられていない会社の四半期開示の実施が象徴するように、日本は、世界の中では最も株主主権論が強い国になってしまった。日本の株式市場は、海外のハゲタカ・ファンドの草刈り場になってしまっている。

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岩井克人

日本の国富が収奪されているのです。これも、株主資本主義を考えなしに、外国のモノマネで入れてしまった結果です。孫さんのような方々が、従来型のリスクマネーを提供する株式市場を経由せずに、新しいかたちでリスクマネーを提供する場をアジアにつくっていくことが大事です。

孫:なぜ日本は、株主主権論のいちばん悪い部分だけを受け入れてしまうことになったのでしょうか。私は、日本のかつての伝統的なやり方に対するアンチテーゼとして、株主主権論を受け入れてしまったことに原因があるように思います。

岩井:私もそう思います。バブル崩壊のショック、失われた10年での自信喪失が大きい。それまで、大企業間では株式の持ち合い(「Point3」)が行われ、日本の株式市場はその役割の一部を果たしていなかった。だからこそ、「会社は株主のものだ」という株主主権に基づき、株主に還元する利潤を追求する会社にリスクマネーが供給される、という株主市場が本来もつ機能への憧れが芽生えた。

孫:自信の喪失と憧れ。それまでの日本のやり方が、ことごとく悪く見えてしまったわけですね。

「株主にモノを言わせない」したたかな戦略


岩井:アメリカの中で、金融的に最も成功している会社はウォーレン・バフェット率いる投資会社のバークシャー・ハサウェイ。バフェットの成功の秘密は長期的な株式投資です。

株主総会には、毎年数万人の株主たちがバフェットの金言を聞くために集まります。株主たちは株主資本主義を信じていますが、皮肉なことに、彼らは経営に対しての発言権はない。実は、バークシャー・ハサウェイはA株とB株という2つの種類株を発行しており、A株はバフェットと共同経営者、B株は株式市場の投資家たち向けに発行されていますが、B株に与えられている議決権は、A株の議決権の1万分の1しかない。

さらに近年では、バフェットは保有株の大半を、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などに寄付。それは慈善事業であるとともに、日本で言う安定株主工作でもあるのです。慈善団体は短期的利益を求めませんから。バフェットが長期の株式投資ができる理由は、「モノ言う株主にモノを言わせない仕組みをつくっている」という逆説があるのです。

そのやり方をまねしたのがグーグルです。04年に米ナスダック市場に上場した際の株式は2種類。A株は市場で売買する投資家向けで、B株は創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、CEOも務めたエリック・シュミットの3人が所有。B株にはA株の10倍の議決権がある。アルファベットに社名変更後に発行したC株には議決権すらない。

株式市場に開かれているので、株価が下がれば株主から文句は出る。しかし、実際の経営には、株主は介入できない。だから、従業員は長期的な視野で研究開発に励めることになる。これこそ、グーグルが最も成功している会社である理由のひとつです。その資本主義的な成功の秘密は株主主権論の巧妙な抑圧、という逆説がここにもあります。
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文=フォーブス ジャパン編集部 写真=吉澤健太

この記事は 「Forbes JAPAN No.100 2022年12月号(2022/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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