【対談】岩井克人 x 孫泰蔵 経済敗戦の要因は「1周遅れの株主資本主義」にあり

孫 泰蔵(左)と岩井克人(右)


孫:バフェットやアルファベットといった資本主義のフロンティアにいる経営者たちは株主主権論を真に受けず、したたかに策を講じる。一方、「新しい企業」を生み出すはずの日本のスタートアップ・エコシステムでは株主主権を振りかざす投資家たちに、頑張っている起業家たちが萎縮している。

僕が役員会に出席しているときは「それはおかしくないですか」と擁護者になり、真っ向から面前で抵抗することもありますが、これではらちが明かない。なかには株主主権論に感化されている起業家もいるが、純粋に知識として足りていないだけ。株主主権論は理論的な間違いであると明快に指摘している岩井先生の著書を起業家たちには読んでもらいたいです。

岩井:「利潤が唯一の目的」としたミルトン・フリードマンの主張は、「法人」と「個人企業」を混同し、会社の二面性を無視した理論的な誤りであることが浸透せず、いつのまにか株主主権論が主流になってしまった日本。「おカネがすべて」と思っている投資家たちの真っただ中で、孫さんにそう声を上げていただけるのは、本当に重要なことです。

Point 1 「会社は株主のものではない」


岩井が著書『会社はこれからどうなるのか』などで、繰り返し説明してきた主張。「株主は会社資産の所有者だ」と考える株主主権論は会社に関する通説だが、「会社の株主と個人企業のオーナーを混同した初歩的な誤りだ」と、岩井は指摘する。

なぜなら、会社資産のオーナーは、会社の株主ではなく、「法人」としての会社であるからだ。会社とは、単なる企業ではなく、「法人」となった企業である。

「法人」とは、「本来はヒトではないが法律の上でヒトとして扱われる物」のこと。それは「モノ」と「ヒト」の二面性をもつ不可思議な存在であると、岩井は表現する。本来は組織という抽象物にすぎない会社は、法人であることで、自らの名前で資産を所有でき、契約を結び、原告や被告になることもできる。会社のお金を所有するのは「株主」でなく「法人」としての会社である。

一方で、「株主」とは株式の持ち主(所有者)。「株式」とは、会社資産とは区別された「モノ」としての会社の別名。株主とは、そのモノとしての会社を所有するだけで、会社資産の所有者ではない。

資本主義とは、私的所有制度に基づいているが、法人のヒトとモノの二面性を利用して、ふたつの所有関係を組み合わせたのが会社である。それは資本主義の枠組みのなかで、組織が多様な目的をもつのを可能にする仕組みだと、岩井は考えている。

Point 2 株主還元の日米比較


「有配率」とは、上場企業100社があるとして、そのうち何社が配当しているかを示す比率である。アメリカの有配率は35%。一方、日本の場合は、東証1部上場企業で93%、全上場企業80%と、極めて高い。アメリカの上場企業の場合、多額の利益が出た場合に配当を出すのが原則。業績が悪化している場合は配当を控えることが通例となっている。

一方、日本は業績が悪化したり、赤字となっている場合でも、配当を出して株主に報いる傾向がある。事実、2019年の東証1部上場企業において、赤字企業の有配率は69.9%であった。(早稲田大学商学学術院スズキ・トモ教授の著書『「新しい資本主義」のアカウンティング 「利益」に囚われた成熟経済社会のアポリア』より引用)
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文=フォーブス ジャパン編集部 写真=吉澤健太

この記事は 「Forbes JAPAN No.100 2022年12月号(2022/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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