特集の最後には、『貨幣論』などの著書で知られる世界的経済学者・岩井克人と、世界で活躍する連続起業家・投資家の孫泰蔵の対談を掲載している。学問と実業、異なる立場から考える、資本主義の過去・現在・未来とは。
「脱・株主資本主義」宣言──2019年8月、アメリカの経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルが「会社は株主のもので、株主利益を第一に考えるべき」とする株主資本主義を見直す声明を出した。
「株主資本主義」からあらゆる利害関係者の利益を考える「ステークホルダー資本主義」へ。このシフトを予見する議論をいち早く展開していたのが、経済学者・岩井克人である。2003年に上梓した『会社はこれからどうなるのか』では、会社法の根底にある会社の「モノ」と「ヒト」の二面性への指摘を起点に「会社は株主のものである」という株主主権論を真正面から批判した(「Point 1」)。
連続起業家・投資家の孫泰蔵は、岩井による同書を「自分のバイブルだ」と公言する。アジア、日本のスタートアップ・エコシステムづくりに尽力してきた孫にとって、現在のスタートアップ・シーンを席巻する株主資本主義は看過できないもので「いまこそ、起業家たちはこの本を読むべきだ」という。
バブル崩壊後の「失われた30年」に、株主資本主義がどのように日本の大企業、株式市場を変えたのか。その変遷をひも解く。
孫:岩井先生が03年に出版された『会社はこれからどうなるのか』には「日本経済の失われた10年+α」とありましたが、いまでは「日本経済の失われた30年」となってしまいました。
岩井:日本は、失われた30年で経済敗戦した、と言えるのではないでしょうか。例えば、現在のニューヨーク州の最低賃金は16ドル。8時間で25日間働いたとして月3200ドル。1ドル144円換算で、月収は約46万円。一方、日本では、令和2年調査の大卒初任給の平均が22万6000円です。日本の大卒はニューヨークでハンバーガーをひっくり返しているほうが稼げてしまうんです。
大企業の部長クラスの賃金もアジアでは最低クラス。こうした経済敗戦の原因には、大企業が十分に成長しなかったこと、そして、十分にそれを補うかたちで、新しい企業が生まれなかったことにあります。
孫:私は「そもそも大企業なんて必要がない」と言っているのですが、大企業の役割について、どうお考えですか。
岩井:日本の大企業は、中産階層を維持する機能を果たしました。トランプが登場したアメリカは中産階層を失い、イギリスでもブレグジットなど似たような現象が起きた。大企業がある程度、中産階層を維持したことが日本の停滞につながったとも言えますが、社会の安定性を担保することに貢献したと言えます。もちろん、非常に消極的な意味で、ですが。
孫:大企業がある意味、社会的な富の再分配をうまくやったことによって、他国に比べて、格差を少なくすることができたということですね。しかし、正規雇用のなかではそれができたけど、非正規といわれているところに、ものすごいしわ寄せがきていることを、本当に強く感じます。