何年も癌と戦っていた彼女の死を、私たちはしばらく前から覚悟していたし、豊かな最期の時間を共にすることができた。初めて会ってから7年、私は彼女が好きで2人でも多くの時間を過ごしてきたが、家族というよりは仲の良い年上の女性という感覚で、戸籍上も他人となった今、ラベルの付かない「私にとって大切な人の一人」だった。母だと思ったことはない、義母もしっくりこない、ただただ、大切な人だった。
「お嫁さん、こちら座ってください」
そんな彼女の葬儀で、なんとも言い難い体験があった。斎場の方から何度も「お嫁さん」と呼ばれたのだ。
最初は、会場の誘導係をされていた年配の女性から。席案内の際に「お嫁さん、こちら座ってください」
次は別の60代くらいの男性職員の方、トイレから出て廊下にいた私に「お嫁さん、あちらで皆様お待ちです」
最後は葬儀後の撤収時、中年の女性職員の方が元夫に「お席に残っていた紙袋はお嫁さんにお渡ししました」
最初、私のことだと分からなかった。冷静に考えると、故人の息子が喪主で、その娘である小さい女の子がいて、その母である私がいるのだ、その3人を見たら、私を「喪主の妻」と思うのは当然だ。しかし、まったくピンとこなかった。一番最初に呼ばれたときの私の頭の中はこうだ。「いやいやいや、嫁、、離婚してるから嫁じゃない、しかもお嫁さんって、新婚扱い?結婚式なの?え??」混乱している間に「は、はい」と答えてしまった。
「離婚してる」は見た目ではわからない──
「離婚してるから嫁じゃない」は見た目には分かりようがない。しかし、子供を連れた39歳の中年女性の私にかけられる「お嫁さん」という呼び名。
家族関係が強調される葬儀という場所においては、「お嫁さん」という言葉が便利なのかもしれない。それでも、もし私が60歳だとしても同じように「お嫁さん」なのだろうか。「その家に嫁いできた女」という呼び名が何十年も続くなんて恐ろしくて背筋が凍る、ちょっとしたホラーではないか。業界慣習で職員の方々にとってはなんの違和感もないことなのか、世代が持つ感覚なのか、これはなんだろう。思わぬ呼称で呼ばれ、不快感よりも興味が湧いた。