しかしこのR32という冷媒には、普及に向けて課題がありました。R32は、温暖化係数が非常に小さく、多くのメリットがありますが、わずかながら燃焼性があるのです。当時、冷媒は安全性の観点から不燃性が主流で、わずかでも燃焼性のあるR32が普通の家庭用エアコンに使えるような状況ではなかったのです。そこで、非常に燃えにくいというのを示すための新たな国際規格づくりに取り組みました。
2011年より、大学や研究機関と安全性評価を行い、冷媒の燃焼性や安全の分類をする国際規格のISOに働きかけたのです。その結果、ISOに新しく「微燃性」というカテゴリーが作られ、微燃性冷媒の適正な取り扱い方法についてのISOも新たに規定されることになりました。
急成長のインドでシェア拡大を狙う
その後は、特定の国にターゲットを決めてルール形成に取り組んでいます。2013年には、経済産業省の委託事業を通じて、インドでR32の普及プロジェクトを始めました。当時、インドは市場の成長が著しく、ダイキンのシェアは4位でしたが、さらにシェアを伸ばすべく、テコ入れを図りたいと考えていました。
けれども、いい製品だからといって売れる状況ではありません。新しい冷媒を受け入れる規制がなかったからです。インド政府としても、温室効果ガスの排出量抑制のため温暖化係数の低い冷媒が必要だと思っていましたが、インドのローカルメーカーを守るためにも、日本のメーカーだけが勝ってしまうような規制はできない。そこで我々は、R32を扱う技術者の教育をすることにしました。インドの12の都市で、もっとも冷媒に触れる機会がある空調機器の据え付けの技術者、約3200人に安全に取り扱えるための教育を行いました。
次に、ライバルメーカーに対しては、R32に関する「特許の無償開放」という手段に至りました。特許は手放したわけではなく、もったままで、自由に使っていいと無償開放するものです。また、安全に使えるための基準づくりにも取り組みました。先述した、新しい国際規格をインドの国内規格に読み込むという作業を支援しました。同時に、空調機の効率性を高めるインバーター技術についても、適正な評価がされるための国際規格の国内規格化も支援しました。
分岐点となったのは、現地の人の気持ちが変わった時でしょう。インドの現地社長が「俺はこのR32をゲームチェンジャーと呼ぶ!みんなで広げるんだ!」と音頭をとったのです。ディーラーを集めたイベントでR32の利点を周知し、最後はみんなで踊るんです。我々の思いと現地側の思いが合わさり、前へと進む力になるのを目の当たりにしました。
これが成功し、R32はいまインドで主流の冷媒になりました。インバーターもインドの国内規格になり、省エネの評価制度も対応したものに切り替わりました。R32の市場が広がったことでダイキンのインドでのシェアも躍進しました。その後、インドでの手法も取り入れながら新たにJICA(国際協力機構)や国連とも事業を始め、より洗練された形のプロジェクトとして、ブラジルやタイといった国々でルール形成に関わりました。