いま日本に足りないのは、テクノロジーのイノベーションではなく、社会の変え方のイノベーションだ。新しいテクノロジーは重要だが、どれだけ素晴らしい技術を開発しても、それを受け取る社会の側が変わらなければ技術は浸透していかない。社会の変化を起こすための一手法として、ルールメイキングが果たす役割は大きい。
欧米ではルールメイキングが重要な事業戦略に据えられている。たとえばメタは21年にロビイング支出だけで2000万ドルを費やしている(OpenSecrets調べ)。資源の少ないスタートアップですら、米国ではルールメイキングに積極的だ。例えば、ライドシェアやフードデリバリーを手がける米ウーバー・テクノロジーズ(以下、ウーバー)。
サービス提供の法的認可を米国の各州で得るために、2015年のある時点では、リムジン業界の10倍、タクシー業界の4倍の報酬をロビイストに支払っていたと報じられている。民泊マッチングプラットフォームの米エアビーアンドビー(以下、エアビー)も、宿泊施設を提供するホストが各国・地域の旅館営業のための法律に準拠する必要があり、行政との折衝を行っていた。
スタートアップは新興の技術を使い、これまでにない新しいサービスをつくるからこそ、既存の制度とは相性が悪く、ルールメイキングに積極的ならざるをえないのかもしれない。しかしそのやり方には巧拙があるようだ。
エアビーとウーバーの日本市場での社会実装の進め方を見てみよう。まずは、成功例といえるエアビーアンドビーの京都市での取り組みだ。日本では、18年に住宅宿泊事業法(民泊新法)が施行されたことで新規事業者の申請が容易になり、個人ホストが民泊ビジネスを始めやすくなったのだが、同年、京都市では宿泊施設内にスタッフを24時間常駐させることを義務付ける条例が施行された。主に小規模宿泊施設が適用対象だった。
しかし、その条件では事業の継続が難しいホストも少なくない。そこで、エアビーは京都市に働きかけて、一緒に新しい仕組みを考えた。「施設外玄関帳場に人がいる」こと並びに「10分以内・800m以内にいて駆けつけられる」という条件を新たに設けてもらうことで、安全性を担保しながら、ホストが継続できる仕組みをつくったのだ。
さらに19年には、ホストと条例に関するコミュニケーションを開始し、勉強会やヒアリングを通して懸念を吸い上げた。勉強会には京都市の担当者も参加し、届出を行うための行政書士との相談会などの場も提供。条例の施行にも協力的だった。
つまり、エアビーは、単に自社に望ましいルールを行政に対して強く訴えるのではなく、行政とユーザーの両方に働きかけながら、よりよい仕組みを模索すると同時に、ステークホルダーの納得感を醸成してきたのだ。