だから、一方的に「理解してほしい」ではなく、まずは「きっかけづくり」と押富さんは考えた。大人も子どもも、健常者も障害者も、外国人も性的少数者の人も、ごちゃまぜになって障害体験を楽しむ中で、「インクルーシブ」の理念を感じ取ってくれれば、という提案だ。
「不慣れさ」をエンターテインメントに
イベントが成功するためには、参加者にとって障害体験が楽しくなくてはならない。
そのコンセプトを考えたのも押富さんだ。どうすれば、感動が生まれるか、みんなが笑顔になれるか。持ち前の企画力が発揮された。
電動車いすで疾走する押富さん=2019年11月
たとえば「車いすスラローム障害物競争」。三角コーンの間を交互にジグザグと通り抜け、最後は人工芝の段差を乗り越えてゴールするタイムトライアル。酸素ボンベを積んだ電動車いすの押富さんがコースを走って見本を示し、野球少年団の子どもたちが次々に挑んだが、見ているよりはるかに難しい。人工芝の小さな段差も、車いすはうまく進んでくれない。難航する参加者をしり目に、見事優勝を果たしたのは、静岡から参加した車いすユーザーの小学校3年の女の子。大会MVPに選ばれ、万雷の拍手を浴びた。
ほかにも、アイマスクをつけて服を着る競争、車いすを縦につないだムカデ競争、車いすでのパン食い競走、幼児もハンディなく参加できるティシュボックス積み競争などユニークな競技ばかり。
「彼女の発想は、土台がいたずらっ子なんですよ」と、日本福祉大高浜専門学校時代の先輩で作業療法士の山田隆司さんは評する。
「車いすをスイスイ走らせるような障害体験じゃなくて、不便さ、不慣れさを味わう中に、勝負の醍醐味、エンターテインメント性が生まれることを大事にしていました」
2年目から始まった車いす綱引きも、前に進むための車いすを後ろに引っ張ろうとするから、力が入りにくくて難しい。それを両軍合わせて20台の車いすでやることで、壮大な合戦になる。
2022年6月に開かれた「ごちゃまぜ運動会」。車いす綱引きは迫力あふれる合戦に
山田さんは、自身も手足の筋力や感覚が低下していく神経難病シャルコー・マリー・トゥース病で歩行障害がある。押富さんと共に「当事者セラピスト」として、2012年から一緒に講演活動を続けてきた。山田さんの熱弁を後輩の押富さんが茶化したりして、ズケズケと本音を言い合うかけあい漫才のようなステージが大受けだった。
ごちゃまぜ運動会は成功し、18年、19年とさらに参加者を増やした。だが、コロナ禍で2年続けて休止する間に、押富さんは天国へ旅立ってしまった。
もともとピース・トレランスは、押富さんに一本釣りされた福祉、医療、教育などの関係者で構成する団体。大黒柱を失って、存続自体が危ぶまれたが、理事たちの思いは「遺志を継ぐ」で一致した。今年6月18日に開かれた第4回ごちゃまぜ運動会には、親子連れ、ボランティアら計160人が集まった。
この地域で、押富さんの存在がどれだけ大きくなっていたかが分かる。
ここに、私たちが学ぶべき「尊厳を失わない生き方」のモデルがあると思う。次回以降、じっくりと見ていきたい。
連載「人工呼吸のセラピスト」