経済・社会

2020.09.06 12:30

過去にも発達障害の人が冤罪に 自白誘導、お決まりのケースだった|#供述弱者を知る

連載「#供述弱者を知る」

連載「#供述弱者を知る」

植物状態の患者(当時72歳)の自然死が、殺人事件にされた呼吸器事件。呼吸器のチューブは外れておらず、誰も外していない。だが、看護助手の西山美香さん (40) が取り調べで追い詰められ、自ら「チューブを外した」と言ってしまった。殺人犯にされるとは、思いもせずに──。

西山さんに代わって虚偽自白に至るプロセスを説明するのは極めて難しいことだが、元同僚記者で精神科医の小出将則医師 (59) (以下、小出君)という強力なブレーンを得て、風向きが変わった。障害というフィルターを通すことで、西山さんが無実なのに虚偽自白をし、密室で刑事に言われるままになったわけが合理的に説明できる道筋が見えてきた。

前回の記事:職場で深めた孤独感 刑事は愚痴を「犯行動機」にすり替えた

小出君の指摘で私が最も注目したのは、手紙を読み込んだ自分たちが想像さえしていなかった軽度知的障害だった。

私は小出君に自分が考えている紙面化への戦略をありのままに伝えた。

2つの障害の可能性は、冤罪を解く立証の両輪に


「発達障害と虚偽自白との関係を説明しようとしても、読者も分かりにくいと思うんだよ。冤罪のケースで警察がひどい自白の取り方をすることを、一般の人は知らないからね。発達障害だからといって、自分から『やりました』と言ったのなら恐らくそれが真実で、今ごろ撤回するのは、罪を逃れるためだ、と誰もが思ってしまうんだよな」

小出君が「まあ、そうだろうね」と相づちを打つのを見ながら、話を続けた。

「だが、軽度といえども、誰も気づいていなかった知的障害には、その状況を一変させるインパクトがある。誰もが『えっ』となるはずだよ。『自白したんだから真犯人だろう』という思い込みから解放され、白紙の状態から事件を見直すべきではないか、という状況が生まれる。西山さんが、刑事を好きになってしまい、その弱みに乗じた刑事が自分の思い通りに自白させて、都合よく事件をでっち上げた、ということを信じてもらうには、それしかない気がする。知的障害がある西山さんが自白偏重主義の司法の犠牲になった、という構図は、司法の実態を知らない人に対しても分かりやすく響くと思う」

元記者である彼も、すぐに「報道する上では、そこがポイントだな」と同意した。

「彼女を調べれば、たぶん軽度知的障害の範囲に入ると思う。米国精神医学会を中心に世界で用いられる診断基準のDSM-5によると、軽度知的障害は『社会的な判断は年齢に比べて未熟であり、そのために他人に操作される危険性、つまり、だまされやすさがある』と明記されている。当時24歳だった西山さんが簡単に刑事の口車に乗せられてしまった根拠として、説得力がある」

ただ、知的障害の可能性が浮上したからと言って、発達障害を軽視したわけではない。その時点で、発達障害が原因で冤罪事件に巻き込まれた事例を、私たちはすでに把握していた。知的障害と発達障害は、冤罪を解く立証の両輪と考えていた。
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文=秦融

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