破天荒な父が、娘に教えてくれたこと丨映画「ガラスの城の約束」


思春期に入ったジャネットがついに「親はいらない。自立しよう」と姉妹と弟に促し、バイトを始めるあたりから、親子関係が完全に変わったことが示唆される。序盤では、変わり者ではあるものの豪快で愉快だったレックスは、娘たちの脱出を阻もうとする姑息でイヤな父親になり果てている。


「ガラスの城の約束」の監督とキャストたち / Getty Images

中盤には現在進行形の場面が挿入される。婚約者デヴィッドをレックスに紹介するも散々な結果に終わったり、招待されてもいないのに婚約パーティにやってきた両親との間でトラブルが起きたりという、後味の良くない場面が二つあり、自立後のジャネットとレックスの価値観の違いや齟齬を印象づけている。

やっとの思いで家を出る時のジャネットがレックスに言い放つ「ガラスの城は無理よ」は、子どもが完全に親離れしたことを示す台詞だ。ここからドラマは終盤「自立した娘が老いた父と和解するまで」に突入し、現在進行形の場面が中心となる。

7つのシークエンス逆向きに対応する仕掛け


興味深いのは、この象徴的な親離れシーンからラストまでの7つのシークエンスが、冒頭から7つ目までのシークエンスにそれぞれ逆向きに対応していることだ。

序盤全体をa、終盤全体をbとしてそれぞれの対応関係を見てみると、a-7で父が設計図を前に「ガラスの城」の夢を語る場面は、b-1のジャネットの「ガラスの城は無理よ」に、a-6で挿入された再会シーンでの父の傍若無人な態度は、b-2の再会した母から聞かされる病に伏せる父の姿に、逆転したかたちで描かれる。

一方、a-5の市営プールでの父の手荒い手ほどきは、大学生のジャネットに父がポーカーで稼いだ金を持ってくるb-3のシーンと響き合う。娘はどんどん成長し変わっていくが、娘のためにと行動するレックスの基本的な姿勢は、その危なっかしさも含めて時間を経ても変わらないのだ。

また、a-4の挿入シーンで婚約者デヴィッドが間違ったソファをジャネットにプレゼントしてしまう場面のモヤモヤには、b-4でジャネットがデヴィットの仕事のために両親にまつわる嘘をやめ、真実を語る場面で答えが出る。世間的には成功に見えても生き方としては間違った状態を、ジャネットがはっきりと自覚し放棄する重要なシーンである。

a-3で生き生きと描かれるレックスと幼いジャネットの関係性は、b-5では死の床にある父と彼を見守る娘のしみじみとした関係性に変容している。この二つのシークエンスは、親子関係における往路と復路の象徴として位置付けられていると言えよう。

もっとも対応関係の明確なのは、a-2で幼いジャネットがガスに点火するシーンと、b-6で一人住まいになった彼女がキッチンで同じことをするシーン。ガス台のダイヤルをカチッと回す手のクローズアップ、鍋の底を舐める炎を捉えたカメラアングルもまったく同一だ。かつて大火傷の原因となった危険なガスの火が、現在では穏やかな日常の象徴として描かれている。

最後は、冒頭の緊張で疲れそうなレストランのシーンと、亡き父を除く家族全員が集まった幸せでリラックスしたラストシーンの鮮やかな対比だ。華やかだが自分を誤魔化して生きていた世界から、破天荒で純粋だった父の生き方、それに影響を受けた自分自身の受容へ。

父への愛憎と葛藤、紆余曲折を経てやっと主人公に訪れた大いなる肯定を、家族のみならず見ている私たちも祝福したい気持ちでいっぱいになる。

連載:シネマの男〜父なき時代のファーザーシップ
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文=大野左紀子

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