破天荒な父が、娘に教えてくれたこと丨映画「ガラスの城の約束」


父レックスと娘ジャネットの関係を中心として全体を大きく分けると、序盤は「父と幼い娘の蜜月時代」、中盤は「父と成長する娘の愛と葛藤」、終盤は「自立した娘が老いた父と和解するまで」といった構成になっている。

つまり、世間の常識からはみ出した特異な家庭を描きながらも、全体を通して浮かび上がってくるのは、普遍的とも言える親子の関係性なのだ。

「ガラスの城」の約束で固く結びついた父娘


というわけで、序盤「父と幼い娘の蜜月時代」では、この自由奔放な家族のユニークさと父親レックスのワイルドで豊かな魅力が存分に描かれている。

ガスの火が引火して大火傷を負い入院したジャネットを、レックスの指示の元、家族ぐるみで病院から”強奪”し、治療費を踏み倒して逃げる場面で、邦画『万引き家族』を思い出す人は多いだろう。

あの家族同様、貧しく子だくさんで時に法を踏み越えていくウォールズ家だが、そこに流れる空気は実にカラッとしている。

荒地の真ん中で野宿し、焚き火を眺めながら物理学の話をしたり、「ガラスでできた城」のような将来の我が家の構想を娘に語るレックスは、まさに夢を追いかける自由人そのもの。ジャネットの火傷の包帯を外し「おまえはカオスに近づき過ぎたのさ」と呟く言葉もなかなか詩的だ。

電気技師の免許をもつレックスだが、セリフの端々には幅広い教養と豊かな知性を感じさせる。向学心の芽生えた子どもにとっては、実に頼もしく魅力的なパパではないだろうか。

公営プールで、入場時間帯を人種で分けている管理者に食ってかかり暴力沙汰を起こす場面では、レックスの正義感と荒々しさが炸裂する。必死で父を止める子どもたちと、地域の警察にすぐ目をつけられ“失業しては引っ越し”の暮らしに、とうとうキレる母。

そんな中で、父の純粋な心を思いやるジャネットと彼女に一目置くレックスの心は、いつか建てられるはずの「ガラスの城」の約束で固く結びついている。

「親はいらない。自立しよう」


中盤「父と成長する娘の愛と葛藤」では、やっと山奥の廃屋をリフォームして住み始めるものの、貧困とレックスのアル中に振り回される家族の状況が描かれていく。

食糧を買いに行ったのに泥酔して怪我をして帰るレックス。彼が唯一ずっと自分を信じていてくれるジャネットに、怪我の手当てを頼む場面は見ていて辛い。

娘に過酷なことをさせたと自覚するレックスはついに禁酒に挑戦。地獄のような苦しみを克服して仕事も獲得する。一家にはやっと安定期が訪れるものの、疎遠だった実家を訪れたことを契機に、父はまたアル中に逆戻りする。

暴力的で支配的な祖母と陰気極まる実家の描写からは、レックスの過酷な少年時代が伺え、「普通」から外れざるを得なかった彼のダークサイドも浮かび上がってくる。

母ローズマリーは基本的に自分の画業に夢中で、子どもたちが心配するような派手な夫婦喧嘩を繰り広げても、夫のストッパーの役割は果たせない。庭に捨てられていくゴミの山はあたかも、レックスが掴もうとして果たせない夢の残骸のようだ。
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文=大野左紀子

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