チームのメンバーから上がってくるさまざまな提案の中には、僕の嗜好に合ったものもあれば、僕の嗜好とは少し異なるものもある。ディレクターとして経験を重ねるうちに、その提案をより良いものにするためには、当然ながら自分の好みという尺度だけでフィードバックをしていてはダメなのだと気付かされた。
「これは僕が好きだからOK」「これは僕の好みじゃないから作り直して」というフィードバックを続けていれば、メンバーも愛想を尽かしてしまうだろう。つまり好き嫌いを超えた判断のために「なぜこの提案がいいのか」「なぜここを変えた方がいいのか」を言語化し、論理的に説明するスキルが求められるようになったのだ。
それはクライアントへプレゼンテーションをするときも同じだった。「なぜこの提案をしたのか」「この提案にはどういった背景があるのか」を、第三者が納得してくれるように説明しなければならない。論理的な説明には、戦略が必要になる。自分で「これが良いに決まっている」と思うものこそ、その理由を言語化するのは難しいものだ。
とはいえ、「なぜ」だけを説明して「なに」がはっきりしなくては、物事は先に進まない。特にソフトウェアやデジタルプロダクトを作る場合、車や家電のような物理的なものと違い、議論の過程では目に見えない部分が多い。そして目に見えない新しいものを作るのには、「本当にそれが作れるのか」そして「どれくらい時間がかかるのか」という判断が難しい。
30代の筆者
自動運転を例に取ろう。自動車という目に見える物理的なものは、ノウハウがある程度明確だ。だが自動運転は、目に見えないソフトウェアありきのものだ。今の自動車業界を見てみると、自動運転が実現する時間軸は、専門家同士の間でも一致した答えは出ていない。
若い頃、特にデジタルに特化したものづくりに集中した僕は、「本当にそれが作れるのか」そして「どれくらい時間がかかるのか」という判断を肌感覚で出来るようになっていた。そして歳と実践の数を重ねていく上で、人を納得させる「なぜ」の重要性と、議論を前に進める「なに」の重要性を理解することができた。この両輪が、戦略を構成する。
戦略を立てるときには「書くこと」が役立つ
ちなみに僕は戦略を立てるとき、文章を書くようにしている。特に意識していたわけではないが、振り返ってみると戦略の大切さを理解し始めた時期と文章を書くようになった時期が同じだ。
文章に落とし込むと、複雑なことでも論点を整理できるうえ、他人に伝えるのにも役立つ。これまで節目節目で文章を書いてきたが、どれもが自分のキャリア戦略を描くときにとても役立っている。この連載もそうだ。
30代の頃に広告業界の今後を考察した記事を書いたが、今読み返してみても当時の自分の考えがよく分かる。文章の上手い下手に関わらず、読者の方には、自分の頭の中を文章にしてみることをおすすめする。