僕の前には、数千人を抱えるエージェンシーに移籍して大きな仕事をするか、知名度はないが光るものをもっている中小企業に移籍してみるか、二つの道があった。そして僕は後者を選んだ。それがAKQAだった。
広告やクリエイティブの領域に限らず、その後の多くの領域でのデジタルの伸びは、皆さんが見ての通りだ。今や、日本でも世界でもデジタルにかける費用はマス媒体の広告費をはるかに凌ぐ規模になっている。
当時の僕には、デジタルはマスを超えて伸びていくという先見はなかった。だが一つ確信を持っていたのが、「最高の広告は広告ではない」という概念だ。そもそも一般の人は広告を好んでいないし興味もない。だが良い体験や、知り合いからのお勧めには興味がある。デジタルは体験になり、そして人がもっとつながる場になるということはその当時すでに明確だった。
もう一つの判断軸としては、無名な会社に自分がどこまで貢献できるかチャレンジしたい気持ちがあった。そんな環境だからこそたくさんのアイデアに触れることができたし、戦略も身につけた。あの時大手エージェンシーに移る道を選んでいたとしたら、今の僕はいないだろう。
30代の筆者、カンヌライオンズにて
常に「Relevant」な状態であるために
日本では、「30代がキャリアチェンジの最後のチャンス」なんて言われるようだ。僕自身は全くそう思わないが、僕が30代になって人をディレクションする立場になったように、立場が変わることで学びを得やすい時期であるのは事実だろう。その時期に培うべきなのが、今回のテーマである「戦略」だと考えている。それは、書籍やセミナーで学べるノウハウではなく、実践を通して学び続けるものだ。
僕は仕事をする中で、進化し続けなければならないという危機感を常に意識してきた。変化の激しいこの時代に自分自身が進化しないことは、後退を意味する。仕事だけでなく、プライベートでもそうかもしれない。
英語でいうと、常に「Relevant」な状態であり続けたいと思っている。日本語で表現するのが非常に難しい言葉で、直訳すると「関連する」「関連のある」といった意味だが、「社会の変化に応じて自分も変化し、それによって社会に貢献し続けられる状態」のようなイメージだ。その逆「Irrelevant」になってしまうのが、一番危ない。そうならないために、僕自身も5年後のことを考えながら進化していかないといけない。
そしてRelevantであるには、自分がどう世の中にとって必要不可欠な存在でいられるかを戦略的に考える必要がある。かつて日本企業は、世界中に知られる存在だった。しかし現在では、世界で知られる日本企業は数えられる程度しかないだろう。特にビジネスの世界で存在感が薄くなってきていることに強い危機感を覚えているが、この状況を変える鍵もRelevantにあると思う。