宇宙、自然、音楽。恋愛小説「ボイジャーに伝えて」が描く死から生への転換

ボイジャー宇宙船(Shutterstock)

ボイジャー宇宙船(Shutterstock)

1977年・夏。旅人(ボイジャー)と名付けられた2機の無人惑星探索機が、NASA(アメリカ航空宇宙局)を相次ぎ飛び発った。その後、地球よりも外側を公転する木星や土星、天王星などの観測・調査を無事に終えた2つのボイジャー号は、太陽系をあとにすると、宇宙の果てに向けて星間航行をいまなお続けている。

打ち上げから45年。地球からの飛行距離も230億キロメートルを超えるボイジャーの旅を思うと、そのスケールの大きさに軽い眩暈すらおぼえるが、今回ご紹介する長編小説「ボイジャーに伝えて」にも、長い道のりがあった。雑誌連載は3年の長きにわたったが、当時の担当編集者によれば、執筆依頼はさらにその3年前に遡るという。

連載が終わると、単行本化の作業が進められたものの、手直しの途上にあった2012年、作者は51歳で他界してしまう。このたび、執筆依頼から20年目にしてようやく出版が叶った「ボイジャーに伝えて」は、手の届かない彼方に行ってしまった小説家・駒沢敏器から届いた最後のメッセージだともいえる。


駒沢敏器氏(写真撮影=Mi-Yeon)

大人のボーイ・ミーツ・ガール


27歳でレコーディング・エンジニアの篠原恭子は、友人のお供でアマチュア・バンドのライブに出かけ、どこか印象的なギターと歌声の北川公平と出会った。打ち上げで隣に座った2人は、ソウル・ミュージックの話で盛り上がり、終電がなくなった恭子は誘われるまま彼のマンションについていってしまう。

横浜ベイブリッジを望むその一室で、彼女は凝ったオーディオ装置から流れてくる、音楽ではない、しかし心に染み入ってくる不思議な音を耳にする。

ほどなく、風が葉を揺らし、草叢で虫が鳴く自然界の音を収集し、サンプリングする仕事が彼の前職だったことを知る。しかし、提案したプロジェクトがキャリア不相応の大きな成果を収めると、燃え尽きたかのように勤務先の広告代理店に辞表を出していた。

その夜から1週間、公平からの連絡はなかったが、彼の存在が曖昧になりかけていた時、携帯が鳴った。出会って2度目の公平は雑居ビルの小さなバーで、今後の人生の足場を固めるため、録音機材を抱え旅に出ると切り出し、恭子を驚かせる。既に相手に好感以上のものを抱いていた彼女は、その決意を受け容れるしかなかったが。

ピンク・フロイドの有名なアルバムを連想させずにはおかない曲の歌詞や、黒人音楽ファンの聖地といわれるメンフィスにある伝説のスタジオの話題、そしてロック好きにも知れ渡るブルースの名曲を店名にしたバーなど。この「ボイジャーに伝えて」の物語は、そんな20世紀音楽カルチャーの小宇宙のなかで、大人のボーイ・ミーツ・ガールとして幕をあける。

第1章に登場するローリング・ストーンズの「サティスファクション」も、そんなガジェットのひとつだ。恭子は公平たちの演奏からストーンズの古いヒット曲、さらにはジョン・カーペンター監督の映画「スターマン/愛・宇宙はるかに」(1984年)へと連想を膨らませていくのだが、そのくだりには、本作のモチーフがさりげなく見え隠れする。

「スターマン」は、地球に不時着した異星人と地球人女性のファンタスティックなラブ・ストーリーだ。
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文=三橋 曉

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