未知の領域へ
大型ハドロン衝突型加速器で陽子どうしを衝突させれば、粒子の生成に使えるエネルギーが最大14000ギガ電子ボルト得られる。そうやって、捉えづらいヒッグス粒子やさらに重たいトップクォークをふくむ重く不安定な粒子を数多く生成してきた。またハドロン衝突型加速器には、かなり高い光度を有するという利点がある。これは物理学では、時計回りおよび反時計回りで循環する大量の粒子の存在を意味し、それらの粒子のおかげで、検出器を設置した地点で非常に高い確率で衝突を起こすことができる。実際、何年、何十年とこの加速器を運用することで膨大な数の衝突を発生させ、その結果生じるものを検出し、物理学の最先端とされていた領域の先を行く研究ができる。
宇宙では、最高エネルギー宇宙線がもう少し効果を発揮する(粒子の生成に利用できるエネルギーの量を計算しての話だが)。利用可能なエネルギーを40万ギガ電子ボルト生むからだ。問題は、もし大型ハドロン衝突型加速器にCMS検出器かATLAS検出器に匹敵する検出器を取りつけたとしても、数千年に1度衝突地点で起きる事象に巻き込まれないですむようにしかならないのだから、ほとんど役に立たない。宇宙線の実際のエネルギーは膨大だが、粒子の生成のようなことに利用できる有効なエネルギーはあまりにも少なく、よくある粒子にとっても、めったに得られない最高エネルギーの粒子にとってもほとんど意味がない。
国際宇宙ステーション(ISS)に設置されたアルファ磁気分光器。10年以上前にISSに設置され、宇宙線による事象を1000億回以上、検出および観測している。宇宙線の電子や陽電子をかつてない精度で明らかにするこの分光器は、これまでで最も成果を挙げた宇宙線検出器のひとつである。NASA
それでも、国際宇宙ステーションに設置され、宇宙線の陽電子スペクトル測定で最も有益な結果をもたらしているアルファ磁器分光器のような最高の性能の装置と同様、粒子検出器も宇宙に配置されている。最高エネルギー宇宙線をふくめ、反物質の宇宙線を生んでいると考えられる宇宙線の起源を突きとめることが、現在取り組まれている課題だ。パルサーやブラックホール、銀河系外の源から、宇宙線の多くがどのように発生するのかはまだわかっていない。他になんらかの物質がまだ存在しているとすれば、どんな特異な粒子が宇宙線の原因になっているのだろうか? 崩壊したり消滅したりする暗黒物質が、私たちの知る宇宙線の一部を生んでいる可能性もある。
しかし残念ながら、宇宙線が飛ぶ方向や衝突地点を制御できないため、衝突は不規則に起きてしまう。超高速で反対方向に飛ぶ宇宙線を衝突させることがかなりの確率でできるようになれば、地上の粒子加速器の限界を軽く超えられるだろう。だが現時点では、この可能性を現実のものにするだけのいい策がない。
標準理論を覆す新たな物理学は確かに存在するが、地上の加速器で得られたものをしのぐ量のエネルギーを獲得できるようになるまでは表面化しないだろう。もし最高エネルギー宇宙線を制御する方法が見つかれば、対数尺度で、“エネルギー砂漠”のおよそ4分の3、大統一理論の尺度では−10000までたどり着くことができるはずだ。
宇宙線は存在し、遭遇するものと常に衝突している。もし宇宙線の方向と衝突地点を制御する方法が発見できれば──かなりの難題だが不可能ではない──いつの日か、現在の最先端領域を超えた未知の領域へ何百万回と探査の旅に出られるようになるだろう。