宇宙線の発見
原因として、検電器になんらかの放射線が当たったのではないかと考えられる。当時は、地球上の石が放射線を放っていると考えられていたが、宇宙から地球に注がれる放射線も存在する可能性があった。その放射線が荷電状態の粒子から成っていれば、帯電した物体が何であれ、時間の経過とともにそれを“中和”することは可能だ。この事象について調べるため、オーストラリアの物理学者、ヴィクトール・ヘスはきわめて大がかりな実験を行うことにした。気球に乗って、可能なかぎり大気圏の高い位置まで上がり、さまざまな高度での大気放射を測定したのだ。もし放射線が地上から来ているならば、高度があがるにつれて徐々に検電器は反応しなくなるはずだ。しかし数値に変化がなければ、放射線は宇宙由来のものということになる。1911年に行われた1回目の実験では、高度1100メートルまで上がり、放射線量が地上と変わりがないことを確認した。ヘスは太陽が放射線の源ではないかと予測し、1912年4月17日、日食が起きている時間帯に、今度は高度5300メートルまでのぼった。このときもまた、観測された放射線量に変化はなかった。放射線は太陽ではなく宇宙が放っていると考えられる。
ヘスは太陽を越えた宇宙が放っている高エネルギーの宇宙粒子、つまり宇宙線の存在を証明したのだ。
他の宇宙線とともに検出された最初のミュー粒子は電子と同等の電気量だが、重さはその速度と曲率半径によって数百倍あった。1930年代に発見されたミュー粒子は質量の重い世代に属する最初の粒子だ。Paul Munze, in Z. PHYS. 83(1933)
とはいえ、存在するはずの粒子がおよぼす影響を見つけることと、その粒子を直接検出して特性を評価することは別物だ。その後、ヘスの研究に追随して、物理学者たちは拾いあげたすべての粒子の特性を明らかにするための検出器を考案した。最初期には、荷電粒子に反応するエマルションを利用する方法がとられた。荷電粒子がエマルションの上を通過すれば、軌跡が残る。検出器の周囲に磁場をつくれば、荷電粒子は曲がる。その湾曲度は以下の3つの要素で決まる。
・粒子の電荷質量比
・速度
・適用した磁場の強さ
当初はエマルションによって、宇宙線の90パーセントが実際にプロトンであり、残る10パーセントのほとんどはアルファ粒子(ヘリウム4の核)のような重たい原子核であることが判明した。その後、物理学者たちは霧箱を開発した。霧箱は以前からあったエマルション技術を用いた調査法で、粒子の飛跡を測定するのに優れた装置だった。
1930年代、どちらの方法も効果を発揮し、予期せぬ2つの発見がなされた。1932年、カール・アンダーソンは自身の研究室で霧箱を用い、陽電気を帯びた電子、陽電子を発見した。陽電子は電子とまったく同じ飛跡を描くが、曲がる方向が逆だった。翌年、ポール・クンツェが電子と同様の曲り方をするが、電荷質量比がはるかに小さい謎の飛跡をとらえた。彼はそれを“不確かな自然の粒子”と読んだ。1936年、アンダーソンとその教え子であるセス・ネッダーマイヤーは研究室でその粒子を再生成し、初めてミュー粒子の性質を突きとめた。
写真中央にあるV字の軌跡は、ミュー粒子が崩壊してひとつの電子と2つのニュートリノに分かれた時のもの。同調可能なエネルギーで陽電子と電子が衝突すると、ミュー粒子と反ミュー粒子が自然に生まれる。宇宙線粒子を浴びると、およそ1秒につきひとつのミューオンが手を貫通する。The Scottish Science & Technology Roadshow