そんなこともあって、2021年、銀座にある奈良県のアンテナショップ「まほろば館」の中にレストラン「TOKi」をオープンした。美食で奈良県を盛り上げることに熱心な行政が公募したコンペに応募し、見事、その権利を勝ち得た。
「なぜ、東京に? と、ずいぶん言われましたが、奈良の中で声を上げるだけでなく、私達の表現する料理の出口を、より人口が多く、波及効果のある東京に作ることもまた効果的であろうと考えたわけです。実際TOKiで食事をした人が奈良に足を運んだり、その逆もあり、非常にいい循環をしています。“レストラン”は、実態としてのお店であると同時に、概念だと思っています。クラウドと一緒でどこからでもアクセスできたほうがいいですよね。扉を開けた先がたまたまアコルドゥだった、TOKiだった、というように」
そんな考えが、まさに実現できている。
実は、奈良の南のほうでは、鮎やバナメイエビ、アマゴ、ひいてはフグの養殖まで行っている。川島氏は、これらを使用するために、生産者と吉野の山ぎりぎりのところで落ち合って、とれたばかりの魚を受け取ることもたびたびだそうだ。
食材として、野菜と畜産物に関しては、どのように育てられたかが価値の尺度となるわけだが、魚介に関しては圧倒的に天然が珍重されているのが現状だ。
「水産資源がこれだけ危機に瀕している今、クオリティの高い養殖を増やすことも大事だし、我々トップシェフが率先して使い、発信していく責任もあります。同時に、生産者の後継者の問題も真剣に取り組まなければならないとも思っています」
今後の展望を聞くと、来年の春から夏には、敷地内にカフェができるという。今はまだアコルドゥの価格が払えない若い世代に、いつか、アコルドゥに行きたいという気持ちを持ってもらうことを考えた展開だ。さらには、いつか、畑を持ちたいのだという。
「動物だけでなく、植物も、畑で切り取ったときに絶命するわけで、命をいただいたということになる。人間は命をいただきながら、命を繋いでいくものであるとういことを、店の若い人たちに自覚してもらうためにも、畑で作物を育てるということをしていきたいのです。
そして、いつか海のそばにも店を出してみたいですね。あくまで憧れですけれど。人の生き死にや物の生き死にを考えるとき、どうしても海に行きつきます。海はすべての生命の源ですから。そういう意味で海に憧れがあるんでしょうね」
奈良という土地に根を張り、日々の営みを粛々とこなしながらも、壮大な地球の営みや生命の神秘にもしっかりと目を向けている。その積み重ねがあって初めて、少しずつ社会を動かしていくことができるのであろう。