続くコロナ禍で、大きな打撃を受けた飲食業。業界を離れる人も多い中、長く人が働き続ける場所もある。そんな稀有なレストランを率いるのが、「世界のベストレストラン50」で2016年と18年に世界一に輝いた「オステリア フランチェスカーナ」のオーナーシェフ、マッシモ・ボットゥーラ氏だ。
世界4都市の「グッチ オステリア」など、複数のレストランの監修も行う彼の考え方には、ウェルビーイングの種が隠れている。
「グッチ オステリア」の内観
17年にわたって氏と共に働き、オステリア フランチェスカーナのスーシェフを務めた紺藤敬彦氏は「マッシモはとにかく人情味があって、スタッフを仕事相手というより家族のように扱ってくれる」とその人柄を語る。
「彼は仕事のことだけではなくて、個人的な悩みがないかどうかも心配するし、何かあったらもちろん、親身になって相談に乗ってくれる。帰国などで、スタッフが店を辞めるときには、そのスタッフと抱き合って号泣するほど」だと言う。
世界No.1レストランだからこそ、料理もサービスも高い基準が求められるが、細かい注意はするものの、感情的に怒ることはあまりない。しかし、ボットゥーラ氏が激怒する唯一の例外がある。それは、忙しいサービスの合間だからと、新入りスタッフが立ってまかないを食べてしまった時だ。
「なんで座って食べないんだ!」とボットゥーラ氏の雷が落ちる。
オステリア フランチェスカーナでは、営業前に全員が座ってまかないを食べる。「マッシモは食を深く愛しているので、ただ『お腹をいっぱいにするだけのために食べる』ということが許せない。僕たちは、食を通した幸せな時間を提供するのが仕事。だからこそ、まず僕たち自身が食を愛していなければ。『自分の食事の時間をないがしろにする人間が、どうして人を幸せにできるんだ』とマッシモは考えているのだと思います」
人を幸せにするためには、まずは自分が「人として幸せであること」。まさにウェルビーイングそのものともいえる、等身大の「人間主義」の考えがボットゥーラ氏の根本にある。
さらに紺藤氏は「マッシモは、物事の良い面を見る人だ」と語る。実は、紺藤氏はボットゥーラ氏のシグネチャーデザートとなった「おっと! レモンタルトを落としちゃった」をある種「生み出した」張本人でもある。
「マッシモは、基本的に物事を、ネガティブに捉えない。起きたことは変わらないのだから、そこから視点を変えて『どうしたら良くなるか』を考える」のだという。