ビジネス

2022.08.03 18:30

世界ナンバーワンシェフの「人が辞めない」組織づくり

フィレンツェのグッチ オステリアのスタッフ。中央がマッシモ・ボットゥーラ氏、その両サイドが共同エグゼクティブシェフの紺藤氏とロペス氏 (C)Cinefood


そんなボットゥーラ氏の姿勢をよく物語るのが「レモンタルト」の一件だ。
advertisement

ある日のディナー営業で、最後のゲストのデザートを盛り付けていた時のこと。紺藤氏は、レモンタルトを皿と調理台の間に落としてしまった。予備のレモンタルトはない。真っ青になった紺藤氏に対して、半分だけ皿に乗って砕けたレモンタルトを見たボットゥーラ氏は言った。

「みてみろ、これはモダンアートみたいだぞ! よし、両方この盛り付けで出そう!」

Oops I dropped the lemon tart
ボットゥーラ氏のシグネチャーデザート「Oops I dropped the lemon tart」(c)Marco Poderi
advertisement

元々、モダンアートを愛好していたボットゥーラ氏は、レモンクリームを皿に飛び散らせ、その上に砕いたタルト生地を乗せた。意表をつくプレゼンテーションが話題となり、のちにボットゥーラ氏を代表するメニューとなった。

できないことではなく、できることを見つめる。実はボットゥーラ氏の長男カルロスくん、通称「チャーリー」は、遺伝性の疾患を抱えている。しかし、障がいがあるからできない、と閉ざすことなく、厨房でスタッフと一緒にパスタを作ることもある。コロナのロックダウン中には、ボットゥーラ氏がレシピを公開したインスタライブ「キッチン・クアランティーン」にも度々登場していた。

「長年マッシモと働いていて学んだ大切なことがあります。とてもシンプルなことなんです。毎朝厨房に入った時に、一人ひとりの目を見て『おはよう』と言う。ただの挨拶だけれど、ちゃんと目を見て気持ちを込めるだけで、全然違う1日になる。せっかく一緒に仕事をして、お互いに大切な人生の1日を過ごすのだから心地よく仕事ができる方がいい。どんなときも、一緒にいる一人ひとりに敬意を持って接すること。何よりまず自分が心地良いし、それが良い仕事にも繋がります」

昨年9月、紺藤氏には第一子となる天花(はな)ちゃんが誕生した。妻のカリメ・ロペス氏は、フィレンツェのグッチ オステリアのエグゼクティブ・シェフだ。東京出身の紺藤氏、ロペス氏はメキシコ出身で、近くに実家があるわけではない。

「子育てがしやすいように」とボットゥーラ氏が下した決断が、自分の右腕だった紺藤氏をフィレンツェのグッチ オステリアに送り、ロペス氏と夫婦での「共同エグゼクティブシェフ」にするということ。ふたりでエグゼクティブシェフの仕事を交代で行うことで、無理なく子育てができるというわけだ。

フィレンツェのグッチ・オステリアのエグゼクティブ・シェフ
紺藤氏(左)とロペス氏(右)

とはいえ、紺藤氏にとっても、一つ星の時代から今のミシュラン三つ星、そして世界一のレストランに至るまでボットゥーラ氏と共に栄光を築き上げてきたオステリア フランチェスカーナは大切な存在。フィレンツェから電車で1時間ほどのモデナまで、折を見ては顔を出すという。
次ページ > 何かを切り捨てるのではなく、両立の方法を探る

編集=仲山今日子

タグ:

連載

「ウェルビーイング」の実践

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事