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2022.07.02 11:30

世界的トップシェフがペルーで「レストラン兼研究所」を始めた理由


そんな「アートの力」は、すでにモライ周辺に変化を生み出している。

地元の植物を博物館のように美しく展示しているミルに憧れた地元の若者たちが、厨房やサービス部門で働き始めた。また、伝統農業の価値が高まったことから、都会から地元に戻って再び農業を始める若者もいるという。「バラバラになっていた家族が、農を通して、再び結びつくようになった」と語る。

例えば、植物の伝統的な使い方を見せてくれたあるスタッフには、5人の子供がいる。うち一人は、クスコの大学で、地質学を学んでいる。マルティネス氏は「もちろん将来のことだからわからないけれども、ミルで働くことを希望してくれれば、喜んで受け入れる」という。

また、ミルを通して、地元の食材の素晴らしさを知ったペルーの5軒のホテルが、輸入食材から地元食材を使った料理に切り替えた。伝統料理の良さも、改めて見直され始めている。

「ミルが雇用しているのは50〜60人。でも、500人程度の人の生活に直接的に影響を与えていると思う」とマルティネス氏は語る。


ミルのある村出身で、サービススタッフのネリさん。「この美しい場所で働けて嬉しい」と笑顔を見せた

モライ遺跡で、より多くの人を養うために、どのような農業を行っていくかを研究した古代インカの人々。それと同じように、私たちは、将来的な食糧危機を見据えつつ、限られた資源で、地球上のより多くの人を養うための食のあり方について考えてゆかなくてはならない。

そんな中、マルティネス氏が行っているのは、アートな視点を通した新しい価値の提案だ。

「ラグジュアリーであるということは、健康でサステナブルな食生活を営むこと。アンデスの食事は、少量の肉もとるが、基本的には根菜や野菜、雑穀が主役。ここから、生物多様性を内包した、原種の植物を中心としたプラント・ベースな食がラグジュアリーであるということを発信していきたい」


(C) Gustavo Vivanco

マルティネス氏自身は大都会リマで生まれ育ったが、彼にとってもここはアイデンティティと創作の根幹となる場所。「根付く場所ができたからこそ、世界のどこに行っても、自信を持って自分のスタイルを表現できるようになった」という。

7月1日、彼は新しいレストラン「マス」を東京にオープンした。ここでは、マルティネス氏の右腕として活躍したサンティアゴ・フェルナンデス氏がヘッドシェフとなり、ペルーの多様な標高差による料理を、日本とペルーの食材を使って表現していく。

「日本も、ペルー同様に豊かな生物多様性を持ち、農との関わりも深く、プラント・ベースの食の歴史もある。お互いの文化を学びつつ、ここから新しいラグジュアリーのあり方を提案していければ」とマルティネス氏は考えている。

インカの人々の夢と農への情熱は、時空を超えて、今、世界に発信されている。

編集・写真=仲山今日子

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