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2022.07.02 11:30

世界的トップシェフがペルーで「レストラン兼研究所」を始めた理由


「アンデスの土地は、じゃがいも、トマト、とうもろこしなど、今世界中で広く食べられている食材の原産地。多くの食材の故郷とも呼べるこの場所で、農業がここまで衰退してしまっている。また、原産地が故の多様な在来種があったにもかかわらず、育てやすさや収量が優先となり、その多様性が失われつつある」とヴィルヒリオ氏。

加えて、温暖化も問題だ。これまでよりも、標高をあげなければ、つまり、より険しい環境でなければ、ある一定の作物は育たなくなってしまっている。それもまた、収穫量の少ない在来種よりも、安定して収穫できる改良された品種を優先する理由になる。


ミルで提供するのは、原種のじゃがいもやトウモロコシなどの味わいを多様な調理法で引き出した料理。世界各国で料理のキャリアを重ねたマルティネス氏の技が生きる (C) Gustavo Vivanco

しかし、マルティネス氏の妹で、研究開発を担当するマレーナ氏は、そんな考えに警鐘を鳴らす。

「長期的な視野に立って生態系のバランスを取るためには、この土地に元々あったものを混植するのがベスト。モノカルチャー(単一品種)の畑を作ることは、短期的な利益は得られるが、病虫害などで畑全体がダメになってしまうこともあり、リスクが高い。生物多様性を守ることは、未来を守ることにも繋がってゆく」と考えている。


元々医師のマレーナ氏は、研究開発の中心的な存在だ

とはいえ、収穫物をそのまま販売して収益を上げるのには限界がある。ミルではそれを美しく、ガストロノミックな料理として世界からのゲストに提供することで、農家が収量の多い作物に頼らずとも、十分暮らしていける収入を得られる仕組みを作っている。

また、ミルでは、食事前のゲストを、現地の人たちがガイドするという取り組みもしている。病院のないこの地域で人々が育んできたのが、野山の草木の成分を上手に取り入れた、健康的に生きるための知恵。それを共有することで、ゲストの理解を深めると同時に、地元の人たちは現金収入を得ている。

「おいしい料理や美しいデザインというアートの力で、人々の考え方を変えていきたい」とマルティネス氏はいう。決して簡単なことではないが、アートには、国籍や言葉を超えて人の心を動かし、これまでになかった新しい価値観を受け入れるきっかけを作ることができる、と考えているのだ。
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編集・写真=仲山今日子

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