門前払いに近いスタート
電動キックボードの社会実装を考えるうえで最初にぶち当たった壁は、そもそも電動のモビリティに関してルールが整備されていないことだった。電動キックボードを原付と同じ扱いにするのは、「世界的に見ても速度が速過ぎる危険な基準」だという。一方で、電動キックボードの黎明期に、法的位置づけが周知されないままに、市場では保安基準を満たさない車体が出回っていた。
「実態に合った規制がないまま大きな事故などが起こってしまうと、キックボードだけでなく電動モビリティそのものの普及に悪影響を及ぼします。高齢者がより豊かに暮らせるはずだった未来がなくなることを避けるためにも、電動キックボードを安全に使うためのルールをきちんと定めて、違反機体が走行していない、走行できない環境を早急につくらなければならないという危機感がとにかく大きかった」
ただし、そのプロセスも簡単に進んだわけではない。まずは警察庁、国土交通省といった関連する法規制を所管する省庁に課題を理解してもらい、議論や手続きを進めてもらわなければならないわけだが、そのハードルが高かった。「電動キックボードって、見方によってはおもちゃみたいなものなんです。日本の社会課題に対して有効で、ルールメイキングの議論をする価値があると理解してもらうのにかなり苦労しました」と岡井が話す通り、門前払いに近いスタートだったようだ。
このハードルを越えるために目を向けたのは、地方自治体だった。高齢化や人口減少に対する当事者意識が強く、住民の生活インフラとして新たなモビリティサービスへのニーズは大きい。つてがあるわけではなかったが、首長や地方議会議員、町内会の有力者など、地方の生の声を聞かせてくれそうな人にSNSでコンタクトしたり、電動キックボードをもって直接会いに行ったりもした。
彼らの課題解決にどのように協力できるのか、全国を飛び回って提案やディスカッション、場合によっては小規模な実証実験を繰り返した。その積み重ねの結果として、19年4月には全国5市町と連携協定を結び、電動キックボードの安全性や利便性を検証するための実証事業を行うとともに、街づくり施策で協業すると発表。記者会見には各市町の首長や行政幹部も出席した。
岡井は「このインパクトは特に大きかった」と話す。主要メディアにも大きく取り上げられ、地方行政における交通インフラの課題感と電動モビリティへの期待が当事者の肉声で伝えられたことで「各省庁にも、地域社会が関心をもっている課題だということを理解してもらうきっかけになった」という。
電動キックボードをめぐる道路交通法の改正
2022年4月19日に衆院本会議で可決。最高速度が20km/h以下であるなど、一定要件を満たす電動キックボードが、従来の「原動機付自転車」から「特定小型原動機付自転車」という新しい車両区分に位置付けられる。16歳以上であれば免許不要で乗車が可能。ヘルメットの着用は努力義務となる。また、車道に加えて、普通自転車専用通行帯、自転車道も走行することができる。施行は2年以内となる予定