カイル氏の営むレストランには農場が併設されている。そこでは、リジェネラティブ農法(環境再生型農業)を用いて野菜が育てられている。
「ただ美味しい野菜を作りたいという理由だけで、この農法にこだわっているわけではない。土地や川、それが流れ込む海、畑のまわりの動植物、それらすべてのことを考え、生態系の多様性を保つことが重要なんだ。フードシステム全体を考えて食材を生産したり、食事を提供することを心がけている」と、カイル氏は語る。
今回のコラボディナーも、同じ思想を共有している日本の生産者が作る食材にこだわった。
一方の生江氏は現在、東京大学大学院にて農学生命科学を専攻し、学術的観点から食や農の持続可能性について研究している。その中で、面白いデータを発見したという。
「既存の食習慣とフレキシタリアン(動物性もたまに食す)、ペスカタリアン(魚介類は食す)、ベジタリアン、ヴィーガンという5つの食事パターンを比較したところ、既存の食習慣以外のスタイルであれば、ほぼ同じレベルで人々の健康コストを大幅に低減できる。つまり、ヴィーガンにこだわらずとも、ちょっと意識を変えるだけで、人々の健康に良いインパクトを与え、地球環境の負荷も減るんです」
鯛寿司とタコスという日本とカリフォルニアのステープルフードから始まったコース料理は、フレンチをベースに両地域の価値観を融合させていた
このような背景から、コラボディナーではプラントベースに海産物を取り入れたメニューを採用。トータル80種類の野菜と13種類の海産物を使用した。
しかし、一般的にフレンチで肉料理が一切出ないのはご法度だ。ゲストの満足度を引き上げる、値段に見合った高級食材を使用する、火入れで実力を示すなど、あらゆる意味で肉は不可欠である。「実際にかなりチャレンジングなことでした」と生江氏が言うように、肉のないコースは、12年の店の歴史の中で初めての試みとなった。
ただ、両シェフはプラントベースを特に強調したかったわけではない。これはあくまで、プラネタリー・バウンダリーを意識して日本型の食事様式を採用した結果だ。
カイル氏は最近、「リトル・セイント」というヴィーガンレストランをオープンさせた。ヴィーガンじゃないのになぜヴィーガンレストランを作ったのかと、多くの人に聞かれた彼は、こう答えたという。
「地球の健康と人々の健康を考えると、現在のフードシステムや食習慣を変えていく必要がある。その変化、変容のアイデアを提供し、多様な選択肢や可能性を広げたい。そのために美味しいものを作り、楽しみながら、なるべくナチュラルに問題解決のアイデアを伝えることが重要なんだ」