プレゼンの神様、澤円「ITエンジニア視点のクルマ観」を語る

圓窓代表取締役の澤円氏

ビジネスシーンの最前線を走り続けるリーダーと、企業経営という険しい道のりをともに歩んできた愛車たち。彼らにとって車とは、ただの通勤の足か、それとも夢そのものか。

社長とクルマの素敵な関係を紐解く連載企画『社長とクルマ』。今回のゲストは、圓窓代表取締役、澤円氏。インタビューは、千葉県山武市にある澤円氏の別邸でおこなわれた。

ズタボロだった新卒時代


──まずは、澤さんが現在経営されている会社について教えてください。

2020年の8月にサラリーマンを辞めて独立し、圓窓の代表取締役となりました。主な業務は企業の顧問、講演活動、執筆活動などです。また、大学の客員教授も務めています。

──「プレゼンの神様」とも称される澤さんですが、4年制大学の文系学部を卒業したのち、新卒で生命保険のIT子会社に就職されたんですよね?

自分でそう言ったことは無いのですが(笑)。そうですね。1993年に、新卒エンジニアとして雇ってくれる会社に就職しました。

──新卒でプログラマーとしてのキャリアをスタートして、1年目はいかがでしたか?

もうズタボロでしたね(笑)。インターネットがそもそもないわけですよ。分からないことがあったら人に聞くか、本を読むしかない時代でしたから。アルゴリズムというのが、本当に音楽のリズムだと思っていたくらいになにも知りませんでした。

圓窓代表取締役の澤円氏

──その頃、お車は所有されていたのでしょうか?

そうですね、私は免許を取ってからずっと車に乗っているので。一番最初に買ったのは、「ハチロク」のスプリンター トレノ、赤のAPEXでした。1989年、大学1年の頃ですね。(買った時には)あんなにブームになるとは思わなかった。当時は、学生でも頑張れば新車で買えた時代じゃないかな。

スプリンター トレノはかつてトヨタが製造・販売していたスポーツカー。澤氏が初めての愛車に選んだ4代目は、おもに「ハチロク」の愛称で親しまれた。漫画『頭文字D』で、主人公の藤原拓海が運転していたことで爆発的なブームとなった。
スプリンター トレノはかつてトヨタが製造・販売していたスポーツカー。澤氏が初めての愛車に選んだ4代目は、おもに「ハチロク」の愛称で親しまれた。漫画『頭文字D』で、主人公の藤原拓海が運転していたことで爆発的なブームとなった。

──そうですよね。今はプレミア価格がついて恐ろしい価格になっていますが……。澤さんは当時から車がお好きだったんですか?

大好きでした。僕の時代は男の子はみんな車に乗る、そういう時代でしたから。

──峠へ走りに行くことはありましたか?

そういうのは僕はやりませんでしたね。ただ単純に、車が好きでした。

──ハチロクには何年ほど乗られたのでしょうか?

4年弱ぐらいでしょうか。大学4年の頃、走行中にタイヤが破裂して、スピンしながら中央分離帯に衝突して壊れてしまいました。

──かなり壮絶な事故ですね。

よく無傷だったなと。それも、タイヤ交換をして、自走で帰りましたからね(笑)。車はフレームが歪んでいたので廃車となってしまい、次の車に乗り換えました。
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文=米永豪 写真=佐藤亮太

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