レネ・レイチェル・アンデルセンはデンマーク在住の作家、未来学者でこれまで歴史、テクノロジー、経済、複雑性にまつわる18冊の著作を執筆している。「ビルドゥン」は、中世ドイツのエリート層発祥の人間形成の考え方で、19世紀末に北欧諸国で一般庶民を対象に社会実装され、押し寄せる産業革命の大波に、先行する西欧諸国のような流血や大混乱なく、よりスムーズに適応することができた。
アンデルセンはこの「ノルディック・ビルドゥン」が、テクノロジーの発展だけではなく気候変動や感染症、戦争など、さまざまなことが起こる現代を生き抜く、実践的な考え方であるとして広く普及する活動を行い、北欧諸国のなかであらためて注目されている。
フィンランド議会系イノベーション・ファンド「Sitra」は2020年にこの理念に投資。「Bildung+(ビルドゥン・プラス)」という名前で、異なる分野の人たちの協働、対話をうながす機関や研究にこれまでに約80万ユーロを投資している。
シニアリードのヴェサ=マッティ・ラハティは「フィンランドには知識を学ぶ高度な教育機関や制度があるが『なぜ行動するか、いかに全市民が参加するか』といったことはあまり議論されてこなかった。気候変動やパンデミックなどの新たな課題に対応するため、社会のなかで議論をつくることが目的だ」と話す。
ビルドゥンとは具体的にどのような考え方なのか。アンデルセンに詳しく聞いた。
私が「ビルドゥン(Bildung=独語で形成、育成などの意味)」という概念に着目したのは、 2012 年にさかのぼります。『The Nordic Secret──A EuropeanStory of Beauty and Freedom(未邦訳)』での私の共著者である、トーマス・ビョークマンと、世界中で私たちが直面している時代の移行期について議論を重ねていました。
人々は混乱し、次に何をすべきか迷っています。仕事は様変わりし、社会・経済も変わり、テクノロジーがその変化を先導し、さらに気候変動にも直面しています。こうした変化にいかに「感情的に」対処するか、という文脈において、私たちはすぐに北欧に特有のビルドゥンの考えに行き当たりました。
なぜなら「いま、ここで何が起こっているのか」を知識として理解するのはもちろん必要ですが、それだけでは不十分です。同時に、この大きな変化のうねりのなかに自分の居場所を見つけられるかが重要だからです。
北欧のユニークさを端的に示した調査があります。世界各国の価値観の特性を「伝統」対「世俗・合理的」、「サバイバル」対「自己表現」の2軸のグラフにマッピングした世界価値観調査(World ValueSurvey)です(上図)。ここで、北欧諸国は最も「世俗・合理的」かつ最も「自己表現にリスクを取る」、グラフの極端な右上に位置しています。その理由については調査関係者もわからないと言っていましたが、これも調べていくとやはりビルドゥンに行き着いたのです。
ビルドゥンとは何か──。それは、常に文化的文脈の中で起こるもので、育った環境や文化的価値、そして社会的つながりなどに足場を置きながら、個人が自律的な自己を発見し、育て、展開していくことです。まずは、ビルドゥンがどのようにして北欧にもたらされたか、お話しましょう。