ロシア国家のDNAか 過ちのプーチンが導く先

19世紀後半、皇帝アレクサンドル3世は、ロシアが信用できるのは自国の陸軍と海軍だけだ、と喝破したそうである。そのころ、日本では中江兆民が三酔人経綸問答を発刊した。曰く、「魯失亜乎、魯失亜乎。猪突の武夫なり」、そして「兵威に借り益々版図を広むることを求め…セバストポールの役有りし所以なり…欧州戦乱の禍を造出する工廠なり」と。

セバストポールとは、クリミア戦争の激戦地、セヴァストポーリ要塞のことである。同地に従軍した若きトルストイが、戦争の残虐さと極限下の人間心理の綾を余すことなく描き出している。その描写は連日報道されるウクライナの惨劇とかぶる。

米国人の知人は、「個人として付き合うと、世界中でいちばん情があり信用できるのがロシア人だ」という。シベリア抑留で過酷な体験をした友人の父親も、同じような感想を漏らしていた。

だが、残念ながら国家としては、いまだに中江兆民の見方が当たっているようだ。近代ロシアは強大な王朝が東と南に国土膨張政策を続けていた。セヴァストポーリはそれらの沸点のひとつにすぎない。共産ソビエトになっても権威主義的拡大路線を引き継いだ。新生ロシアからも、わが国は、北方領土問題で煮え湯を飲まされ続けている。

現大統領のプーチンはこんなロシアの、国としてのDNAの継承者なのだろうか。先年のクリミア強制併合の後、同地にアレクサンドル3世の巨大な記念像を建てるほど、同皇帝の強圧的な外征を崇拝しているそうだ。

プーチンの肉声を間近で聞いたという欧州人がいる。4年前に、外交団として随行した時のことだという。「ロンドンの公園で、元ロシアの二重スパイ親娘の殺人未遂事件があった。世界中が下手人はロシア政府関係とみていた。僕のボスがプーチンに尋ねたんだよ。あれはやはりロシアがやったんですかって」。プーチンは言下に否定し、歪んだ笑みを浮かべながら断言したそうだ。「ロシアが手がけたなら、確実に殺していた」。

ウクライナへの武力侵略で、ロシアの国際的信用が地に落ちたことは間違いない。政治外交的思惑はどうあれ、国際法に明確に違反して多くの一般人を殺戮しながら、言い逃れはできない。Zマークのロシアの武器が、平和なウクライナの町を冷酷に破壊する様子が、ネットやテレビで世界中に流れ続けているのだ。
次ページ > ポスト・ウクライナ侵略で何がどう変わるか

文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN No.094 2022年月6号(2022/4/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

連載

川村雄介の飛耳長目

ForbesBrandVoice

人気記事