仮にサイバー攻撃を受けた場合は、その事実を隠蔽することは許されない。速やかに公表して二次被害を防ぎ、関連企業に注意喚起を促そう。程度や範囲によっては監督官庁への報告義務もあるので、そのプロセスを社内研修で周知し、「知らなかった」がないようにしなくてはならない。
ここまで聞くと、「ESG経営は、取り組むべき課題が多く、費用負担ばかりかかる。何も良いことがない」と思う方も多いかもしれない。
ただ、投資家の注目が企業のESG経営への取り組みに移行していることは確かだ。むしろしっかり取り組めば、日本企業にとっては海外企業の何倍ものリターンが期待できる「伸びしろ」が実はある。
時価総額の高い米企業は「ストーリーテリング力」がある
日本の上場企業のPBR(時価総額が、会計上の解散価値である株主資本の何倍かを示す)は1倍台だ。つまり時価総額が解散価値とほぼ同等という低評価である。一方、米国企業は日本よりも数倍高い。
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例えば日本のソニーと米アップルでは、ほぼ同額の株主資本を持つが、時価総額(株価)は3倍もの開きがある。こうした米国企業との差は「非財務情報に関するストーリーテリング力(説明力)」だ。
彼らはESG経営への取り組みや中長期成長戦略、企業理念や自社の存在意義といった「非財務情報」をナラティブ(物語的)に投資家に説明するのが非常に上手い。
これまで非財務情報の開示と説明力は、日本企業の弱みとされてきた要素だが、実は語るべきストーリーを持つ日本企業は少なくないどころか、むしろ多い。というのも、帝国データバンクの調査によると、日本には創業100年以上の老舗企業が3万3259社(2019年時点)存在し、世界の8割を占めるからだ。
日本にはESG経営の理念の根本である「持続可能性」を元から有している企業が多いのである。今までは単にそれを積極的に説明できていなかっただけなのだ。
実際、伝えることに長け、投資家から高い評価を得ている企業もある。参考になるのはGPIF(年金積立管理運用独立法人)が毎年発表している「優れた統合報告書」というレポートだ。
例えば4年連続で選ばれたリコーは、「はたらく場をつなぎ、はたらく人の想像力を支えるデジタルサービスの会社」を目指す。統合報告書では、その実現に向けた、DXを活用した中長期の価値創造プロセスや成長戦略の実現可能性を具体的な事例で説明した。
さらに投資家が開示を期待するESG項目についても、創業の精神や事業戦略と紐づけて書かれていたことが高い評価につながった。
ESG経営や、その必要条件とも言えるDXを表面的なものにしてはダメだ。それらを成長戦略に結びつけて骨太なものにし、取り組みをナラティブに説明できれば、国内外の機関投資家からの評価も高まる。ひいては株価(企業価値)の向上にもつながることが、お分かりいただけたのではないだろうか。
吉川剛史(よしかわ・たけふみ)◎早稲田大学法学部卒。日本電信電話から分社後、NTTコミュニケーションズ経営企画部、グローバル事業本部で海外新規事業開発と海外企業の買収・提携事業のプロジェクトディレクターとして勤務。その後、日本オラクルにて執行役員 経営企画室長(ミラクルリナックス社 社外取締役兼務)、ユニクロの海外事業開発部長、COACH A (U.S.A) Inc. CEO、明豊ファシリティワークス 専務取締役 経営企画室長などを経て、Y’s Resonance 代表取締役社長に就任。INDUSTRIAL-X設立時よりアドバイザーを務める。