「今あるなにかの延長線上ではなく、全く新しいものをつくりたい」。IDEOを尋ねたときの構想はその粒度だったが、プロダクトは漠然と、息子が毎日使っている「イス」を想定していた。
脳性まひの子どもは、自分で姿勢を維持することが難しく「座位を保持する機能に特化した、障がい児専用のイス」が必要になる。高額で、重く、持ち運びができないそれは、もう何十年も進化しておらず、まるで障がいの象徴のように家の中にあった。
「これがポータブルになれば、外出のハードルを下げることができる」。真っ先にそう思い浮かんだが、このアイデアは、「でも、それでは対症療法になる」と、松本の思考を深める起点となる。
「息子が成長すれば、また違うモノが必要になる。目の前にある課題にアタックするだけでは根本的な改善にはならない。いつか息子が社会に出たとき、彼なりにイキイキと生きていける社会にするには、物理的に整えるだけでなく、自分も含めた、人々の意識が変わっていく必要がある」
突き詰めた結果、「多様な個性が自然に混ざり合うような、インクルーシブな社会を作るための挑戦をしたい」というところにたどり着いた。
そこから、この壮大なビジョンをプロダクトにつなげていくプロセスに入る。まず、「日々使うモノは、人の意識に影響を与える。では、障がいの有無関係なく使えるモノが人の意識を変えるのではないか」と考えた。
しかし、それでは障がい児の選択肢を増やすだけで、健常児にまでは広がっていかない。ここから、IDEO流のユーザーリサーチやユーザーインタビューを通じて、コンセプトに磨きをかけていく。
機能もデザインも「ユーザー起点」で
そのリサーチは、トヨタのそれとは全く違い、「刺激的だった」と松本は振り返る。「前職では、蓄積された膨大なデータをもとに仮説を立て、検証するのが基本。でも前例のないものをつくるときは、仮説ありきではなく、課題をひたすら深掘りし、新たな問いを見つけていくんだ」と学んだ。
IDEO tokyoでのユーザーテストの様子(c)IKOU
インタビューでは、障がい児を持つ家族の生活や悩みのほか、「これまで避けていた」という健常児ファミリーの話も聞いた。ここでグンと視野が広がり、日々の暮らしでは見えていなかった共通点を知る。
「例えば、キラキラして見える女の子のお母さんから、『娘は全然寝てくれなくて、車の中なら寝る子だったので、常にドライブをしてたんです』と聞いたりして、障がいの有無関係なく、子育てはみなそれぞれ大変なんだと改めて感じました」
同時に、障がい児育児の視点や知見が、一般の育児にも役立つことにも気づく。通常の育児では、「5カ月で寝返り、1歳で歩く」など成長目安が設定されているが、障がい児はみなバラバラ、かつひとつひとつのステップに時間がかかる。常にプロフェッショナルのアドバイスを受けられることもあり、親の学びが深い。
どうしたらうまく座れるか。どうしたらうまくものを掴めるか。マイノリティだからこそ知りえた洞察を反映すれば、「障がいの有無関係なく価値を感じてもらえるもの」になると確信した。