社会の問いに、会社で答えよ
こうした製品はありそうでなかった。シャシュアは、その理由として技術的な難しさとともに、ある“盲点”を挙げる。それは「作り手の思い込み」だという。
オーカムは創業から試作品を開発するまでに5年近く費やしている。その間、のべ100人以上の視覚障がい者を調査した。15年の段階で、オーカムの端末は90%機能していた。まったく見えないゼロの状況から90%である。悪くはないはずだ。
ところが、肝心の利用者による評価は芳しくなかった。さすがのシャシュアもこれは予測できなかった、と振り返る。
「障がいをもつ人は、困難を乗り越えるスキルを身につけています。効率的ではないように見えても、彼らにとっては合理的で快適なやり方なのです。彼らはもちろん、新たなテクノロジーを取り入れる柔軟性も持ち合わせていますが、それはテクノロジーが『100%』の時だけです」
90%の出来では見えないのと同じ—。自信作を潜在顧客に突き返されたわけだが、それは結果的によい方に作用した。今では類似品は数あれど、オーカムの技術レベルに迫るものはほとんどない。
シャシュアはなぜ、10数年も開発が続く事業を複数も抱え、しかも経営幹部を続けてこられたのだろうか? 彼は「今のテクノロジーがもたらす一大変革が自分を突き動かしている」と答える。
「もちろん、テクノロジーによる変革のすべてがいいわけではありません。ソーシャルメディアが一例です。それでも、一歩下がってテクノロジーの未来を俯瞰すれば、AIがもたらすオートメーション(自動化)のうねりが見えるはずです。それを正しく理解することで危険を遠ざけ、私たちの生活がよりよくなるように生かすこともできます」
シャシュアの場合、それはモービルアイで交通事故を減らし、オーカムで障がいから人々を解放することを意味する。彼は今、会社を次々と立ち上げている。17年にはAIの先端研究企業「AI21 Labs(AI21ラボ)」、そして19年にはイスラエルにとって50年ぶりとなる銀行「First Digital Bank(ファースト・デジタル・バンク)」である。
その理由も明確だ。一般的に、世の中では「答え」を見つけることが尊ばれるが、シャシュアは違う。「常に『問い』から始める」と話す。
「解決するに真に値する問いとは何か? それもテクノロジーだけではなく、科学の観点からも人類を前進させる価値があるかどうか、が重要です」
価値ある問いを生み出すには、その問いをシンプルに、本質的に、そして明晰に定義づけることが大事だ。多くの人が問題解決に失敗するのは、そもそも「問いを明晰に定義できていないからだ」とシャシュアは指摘する。
社会の問いに、会社で答える—。シャシュアは経営者として働きながら、今も教授として学生たちと研究に勤しみ、毎年、新たな論文を発表している。「問い」が見つかる限り、これからも世界を変える会社が生まれるに違いない。