白紙撤回のスマートシティ構想も
一方、スマートシティ構想は地域によっては計画撤回に追い込まれるケースがある。カナダ・トロント市とグーグル傘下の「サイドウォーク・ラボ」によるウォーターフロント地区の再開発がそうだ。デジタル技術を都市インフラに活用し、生活の質の向上を図る構想だったが、20年5月、計画は完全な白紙になった。AIの台頭や監視社会に対する、人々の反発が原因と言われる。
インゲルスは、かつて筆者が行ったインタビューで「現存する社会の規範が、新しい試みを実行する妨げになることがある」と述べている。では、スマートシティの実行は時期尚早なのか? インゲルスはこう答える。
「本来、スマートシティの目的は、パブリックとプライベートのバランスが取れた共存。その実現には、行政との細やかな協力体制が不可欠になる。これは決して容易なことではないが、方策はある。現に、BIGではウーブン・シティに続いて、2つのスマートシティのプロジェクトを活発に進めている最中だ」
自動運転車が走るウーブン・シティの車道(上)と、歩行者や小動物用の小径(下)。中間的な役割に、自転車やeスクーターなどと人が行き交う「プロムナード」がある。モビリティと人の関係を再考した結果だ。
計画のひとつは、ノルウェーの「オスロ・サイエンス・シティ」。現在、オスロ市内に建設中の大規模なイノベーション地区で、病院や大学、サイエンス系の企業が集まる。そこで働く人々の環境に対して、行政とともにスマートシティ化を図るものだ。
もうひとつが、前述の「テローザ」プロジェクトだ。「テローザでは、石油系エネルギーによる車両はすべて廃止され、太陽光発電による街灯が灯り、電動スクーターが行き交っているだろう。居住者が自宅から15分以内で、学校、職場、すべてのアメニティに通えるコンパクトな街づくりを目指している」
「テローザ」の完成予想CG。セントラル・パークにそびえ立つタワーは、この都市の灯台。太陽光発電を施したルーフの高架下には水の備蓄庫があり、農場で水耕栽培が繰り広げられる構造となっている。米国の砂漠にゼロから街をつくるには、新しい経済モデルも構築しなくてはならないのだ。
インゲルスは、ウーブン・シティに大きな影響を受けてテローザを発想したと述べる。ただ、テローザがひとつの都市に5万人規模の居住者を構想するのに対し、ウーブン・シティは2000人。建設費用もテローザは4000億ドル(約45兆円)とケタ違いのスケールだ。
テローザの建築計画をBIGとともに発表したのは、ジェット・ドットコムの創業者、マーク・ロアである。ジェット・ドットコムは、ウォルマートがEC部門を強化するために33億ドル(約3800億円)で買収。ロアはウォルマート幹部となり、EC部門を成功させて、21年1月に退社した。
ロアが掲げているテローザの理念とは、平等(equality)と資本主義(capitalism)をかけ合わせた「イクイティズム」であり、教育、医療、移動への平等なアクセスが与えられる。しかし、インゲルス自身はメガシティの建設計画よりも、ウーブン・シティのような小規模な都市計画にメリットがあるという。「実験的な試みが素早くできる。ウーブン・シティが成功すれば賛同者が増え、スマートシティの計画は世界各地へ確実に広がっていくだろう」と予測するのだ。