東名高速を走らせ、静岡県の裾野インターを降りると、すぐにトヨタ東富士工場の跡地に到着する。雪化粧をした富士山を遠くに臨みながら、跡地では数台の重機が動き、槌音が響く。
そこから東へ約100km。東京、日本橋にあるビジネスタワー。スタジオのようなオフィスでVRゴーグルを装着すると、3次元データの仮想空間に入る。足を動かすと同時にデジタル上の広場を歩いている感覚になり、目の前を宅配用モビリティが横切っていく。低層の居住区に入るとそこにはリビングがあり、テーブルがあった。日々アップデートされるデジタル空間──。裾野市に誕生する「ウーブン・シティ」は、デジタルの世界でも広がっていた。
2021年2月23日、トヨタ自動車東日本東富士工場(静岡県裾野市)跡地で実施された地鎮祭。本格的に始まる建設工事の安全が祈願された。総面積は、約70.8万平方メートル。24年から25年に完成予定の「フェーズ1」で360人程度、将来的に2000人以上の住民が暮らす街がこの地に誕生する。
人の経験とコンピュータの論理の統合
「新しいテクノロジーが発明されると、例外なく世界が変わります」。そう言うのはジェームス・カフナー。2016年にトヨタ自動車が設立した研究所トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)でCTOを務めた後、トヨタの子会社、ウーブン・プラネット・ホールディングス(以下、ウーブン・プラネット)のCEOに就任した人物だ。
「いま本を執筆中なんです。忙しくてまだ仕上がりそうもないですが」。本のテーマは「AE」と言う。AIの人工知能ではなく、EはExperience。「人工経験」という意味だ。ちなみに、カフナーはTRI時代、CEOであるギル・プラットの直属の部下だった。プラットはAIの第一人者であり、ロボットの世界的研究者だ。カフナーが続ける。
「例えば、16歳のチェスのチャンピオンがいたとします。天才児であり、類まれな知性を備えています。一方、高校を卒業していないけれど、マンハッタンで50年、無事故で通したタクシードライバーがいるとします。安全な運転のために、いったいどちらが重要でしょう。
自動運転の技術では、両者の融合がベストです。AIが担うのは知能や論理であり、単体では十分ではありません。一方、経験を取り込み加速させるのが機械学習ですが、それだけでも不十分。ロジックの構造は必要だからです。知能と経験、その2つを組み合わせることで、初めて『知恵(wisdom)』となるのです」
AEによって提供される「知恵」こそが、「ウーブン・シティの開発の鍵になる」と彼は言う。ネット接続され、世界中を走っている車から経験というデータを取得することは、トヨタなら可能だ。知識と経験からAEは知恵を生みだし、それが最善の判断力となる。歩行者の飛び出しなど危険な状況をデジタル上で多数生みだし、判断の最適化ができる。
そして、それは運転に限らない。「トヨタ生産方式(TPS)は、人間の知恵や創意工夫を使ってカイゼンを行う、人間ならではの思想です。ここにAEを使うことで、TPSの次のバージョンが可能になり、そこからとてつもない価値が生まれるのです」。