実験を続ける宿命を背負った会社
では、ウーブン・シティは何を目指しているのか。その核心に辿りつこうと取材を始めたとき、ウーブン・シティとは、まずは豊田佐吉、そしてトヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎に始まる長い歴史の上に築かれようとしていることに気づいた。
以前、カフナー自身もトヨタ自動車の社長、豊田章男の話を聞き、大きな影響を受けたという。
カフナーが振り返る。「豊田佐吉がどうして自動織機を発明したのか。それは、母親のためだったのです。このスピリットを尊敬します。手作業で織物をする母親を楽にさせるために、自動織機をつくった。それだけではありません。人間の能力を拡張することであり、よりよい生き方、より幸せな生き方を発明したのです。
豊田社長の祖父の喜一郎さんにも私は感化されました。自動織機のビジネスで成り立っていた会社を、大胆にも自動車会社にチェンジしてしまう。まだ自動車が産業化しておらず、成功の保証もないのに。そして、いま、その自動車業界で得た利益で、未来のモビリティカンパニーに投資をする。リスクを取る起業家精神です。これは日本だけではなく、世界にとって非常に重要なことです」。
カフナーは、自身がカーネギー・メロン大学の教壇に立っていたから「教育と同じで未来への投資がよりよい人生をもたらす」と説く。その彼が感心して言ったことがある。
「トヨタには、『自働化』という漢字がありますよね。ニンベンの人という文字が入った自働化です。人に必ず寄り添う考え方で、私もこの考え方を技術に備えたいのです」。あくまで、キーワードは「人」なのだ。
09年に喜一郎の孫である豊田章男が社長に就任。彼はミッションを「幸せの量産」と定義した。その目標に向けて組織を大胆に変革したのだが、これからの未来、万人に「幸せ」を届けるには何をすべきか。
トヨタが世界一になった要因の「安全安心」。自動運転技術という新しい進化が登場したいま、安全を届けるには自動車メーカーという枠を超えなければならない。ウーブン・シティの目的を、豊田章男が「道・歩行者・クルマが三位一体で安全を確保しなければ、本当の意味での安全は実現できない。だから、街レベルでの壮大なテストコースが必要」と言う理由は、自らが打ち立てたミッションに、これから答えを出そうとするからだろう。
CES 2020で発表されたウーブン・シティの将来イメージより(上)。エンジニアとロボットが協働し、木製の構造物を製作する様子が見える。ウーブン・プラネットのオフィス内にある研究開発スペースでも、人々の暮らしをアシストするためのカメラ付きロボットアームが操作されていた(下)。
ただし、トヨタは大企業であり、規模と信頼性を維持しなければならず、トライ&エラーは許されない。だから彼は、豊田家の資産を担保に銀行から50億円を借り入れ、個人としてウーブン・プラネットに投資した。そのウーブン・プラネットは「失敗は許される」が、実験を半永久的に続ける宿命にある。時代とともに正解は変化し、何が正解かわからないからだ。未知への対応。それが任務でもあり、それゆえ「未完成の街」を標榜するのだ。