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2022.03.09

中堅幹部は石田三成に学べ。現代に通じる日本的リーダーシップ論

日本的リーダー像を体現していた石田三成/photo 石田三成像(東京大学史料編纂所所蔵模写)


ストーリーテリングの視点2

「オモカゲとウツロイ(面影と移ろい)」

2つ目は、中心を描かずに周辺を徹底的に語ることによって、中心を面影のように想起させる方法です。歴史的に庶民階級のリテラシーが高い日本人は、押し付けられるより自分で考えることを好みます。従って、中心(目的や到達点)を示すことは押し付けを感じる一方、周辺の状況を解析し、自身で中心を描くことに喜びを感じます。

この習性を活かしたのが司馬遼太郎です。筆者も司馬遼太郎の本は大好きですが、改めて読み返すと中江藤樹や熊沢蕃山、山鹿素行、大石良雄、大塩平八郎、吉田松陰、河井継之助、西郷隆盛などの思想の中心は描かず、彼らの行為を具体的に記述しています。司馬遼太郎好きと会話すると、文中の彼らの行動ではなく、その意図や思想の中心についての議論になることが多く、人々に面影を持たせることの威力を痛感します。

ストーリーテリングの視点3

「シゼンとキンベン(自然と勤勉)」

3つ目は、日本人が好きな自然であることや勤勉であることです。それは庶民の日常に対して共感を生む要素が含まれています。鈴木正三と石田梅岩が唱えた「諸行即修行」(仕事は人格形成の修行で、人格が立派なら生産活動に勤勉であるということ)は、今も日本人の価値観に色濃く反映されており、勤勉に働き大衆の喜びに資することは深い共感をもたらします。

松下幸之助は、商売は天下万民を幸せにするため働くことは楽しく、生きがいの場であると唱えました。そのうえで、企業が生産活動を拡大して利潤を増加させれば、資本コストが下がり良い製品が大衆に行き渡って暮らしが向上すると、利潤を肯定することで人々の心をつかんだと言われています。

日本的リーダー像を体現していた石田三成


これら3つの視点を持ち、現代企業の事業の執行責任者(中間管理職)のロールモデルになり得る人物を一人挙げてほしいと言われたら、筆者は「石田三成」の名を挙げたいと思います。

なぜ徳川家康に負けた石田三成に着目するのかと言えば、19万石程度の大名に過ぎなかった石田三成が、300万石以上の豊かな経済的基盤を持つ徳川家康に対抗する勢力をまとめ上げ、〝天下分け目の戦い〟にまで持ち込んだ点を高く評価しているからです。

現代でいえば、経営企画部長に過ぎない石田三成が、複数の取締役たちを口説き会社の方向性を定義し会社を動かしたと考えることができ、時代を動かす中堅幹部の原祖に当たる人物だと思います。

石田三成が立てた旗印は「豊臣家と有力大名の保存」です。これは、明らかに豊臣家をつぶし徳川中心の政権をつくる意図をあらわにした家康に対するアンチテーゼで、淘汰や選択を嫌がる反徳川派を一つにまとめました。

さらに彼は連合を形成するに当たり、大名ではなくその下の実務者である家老にアプローチし、中心でなく周辺を固めていきます。宇喜多家には明石掃部、上杉家には直江兼続、毛利家には安国寺恵瓊と接触し、彼らを説き伏せて現場主導の反徳川ムーブメントを形成しました。大名は家老に担がれる形で同盟を結成し、民衆も実務者の意向を敏感に感じ取り、同盟の波が津々浦々にまで広がりました。
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文=中村健太郎(アクセンチュア)

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