「ベルファスト」が持つ今日的テーマ
「ナイル殺人事件」は、まさに多様な楽しみが詰まった極上のエンタテインメント作品となっているが、アカデミー賞にもノミネートされている「ベルファスト」では、ケネス・ブラナーは監督に専念しており、彼の分身とも言える9歳の多感な少年バディ(ジュード・ヒル)が主人公だ。
3月25日(金)TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他にて全国ロードショー/(c)2021 Focus Features, LLC.
1969年の北アイルランドのベルファスト。出稼ぎに行っている父親、愛情深い母親、頼りになる兄、良き相談相手の祖母、ユーモアあふれる祖父、愛する家族に囲まれて、バディは映画や音楽を楽しむ充実の日々を送っていた。
ところが、ある日、彼の平穏な日々はプロテスタントとカトリックの対立により、激動の波に投げ込まれる。路上で繰り広げられる住民どうしの激烈な暴力行為などを目の当たりにして、バディの世界は一変、一家も重大な選択を迫られるのだった。
ケネス・ブラナー監督はこの作品の脚本を、コロナ禍のパンデミックが始まり、最初のロックダウンが行われた頃に書き始めたという。そのなかで彼は極めて今日的テーマを抱えたストーリーへとたどり着く。ブラナー監督は語る。
「これは困難に直面して選択を迫られた一家の物語というだけでなく、ある種の『ロックダウン』を描いた物語でもあることに気がついた。街の通りはバリケードで封鎖され、規制が厳しくなっていくなかで、一家は街に留まるべきか去るべきかの選択に迫られる。これは行動が制限され、自身と家族の身を案じることを強いられた現代のパンデミックに通じるものがある」
『ベルファスト』/配給:パルコ ユニバーサル映画/(c)2021 Focus Features, LLC.
自身が体験してきた物語に新たなテーマを重ねることで、「ベルファスト」という作品の世界は一気に広がっている。監督自身は「パーソナルな物語」と断言しているが、そこで描かれている世界は、まさにコロナ禍で誰もが抱えている問題にも言及しているのだ。この作品が賞レースで高い評価を得ているのも、そのあたりにあるのかもしれない。
「ナイル殺人事件」と「ベルファスト」、まったく趣の異なる2作品を並べて観賞してみると、あらためてケネス・ブラナー監督の多彩な才能と作品世界の深さが感じられる。ちなみに「ベルファスト」が7部門でノミネートされているアカデミー賞の発表は日本時間の3月28日、こちらも楽しみではある。
連載:シネマ未来鏡
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