ケネス・ブラナー主演、監督 愛と嫉妬と謎解きの極上エンタ「ナイル殺人事件」


新たな趣向が加えられた「謎解き」


「ナイル殺人事件」の主要な舞台は1937年のエジプトだが、冒頭は1914年の第一次世界大戦のベルギー戦線から始まる。

戦火のなかでも抜群の推理力を発揮する若き日のエルキュール・ポワロが描かれ、この場面では彼がたくわえる立派なカイゼル髭の秘密にも触れられている。ラストではこの場面に呼応するエピソードも登場する仕掛けとなっており、本編の物語は、このポワロの髭にまつわるエピソードに挟まれるかたちで描かれていく。このあたり監督としてのケネス・ブラナーの非凡な演出が施され、物語は展開されていく。

リッジウェイ家の莫大な遺産を受け継ぐリネット(ガル・ガドット)は、親友のジャクリーン(エマ・マッキー)から婚約者のサイモン(アーミー・ハマー)を紹介される。ジャクリーンは失業中のサイモンを不動産管理人として雇ってほしいと頼むが、リネットはひと目で彼に惹かれてしまい、あっという間に親友の婚約者を結婚相手に選んでしまう。

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(c)2022 20th Century Studios. All rights reserved

ハネムーンでエジプトを訪れたリネットとサイモンだったが、行く先々でジャクリーンが現れ、ストーカーのように2人につきまとう。ナイル川を遡るクルーズ船にも彼女は姿を見せ、サロンでサイモンと口論になり、彼女は銃で彼の脚を撃ってしまう。

この騒ぎでクルーズ船が混乱に陥るなかで、自室で寝ていたリネットが何者かに撃たれて殺される。船にはジャクリーンの他にも、リネットに恨みや嫉妬や利害を持つ人物が乗船しており、乗り合わせていた名探偵エルキュール・ポワロは、すべての乗客が容疑者だと宣言して、犯人探しが始まる。しかし、その矢先に第2の殺人事件が起きるのだった。

「ナイル殺人事件」はジョン・ギラーミン監督によって1978年にも映画化されており、こちらはアガサ・クリスティの原作小説(日本でのタイトルは「ナイルに死す」)にかなり忠実に映像化されていた。

今回のケネス・ブラナー版の「ナイル殺人事件」では、冒頭とラストのシーンだけではなく、事件の鍵となるアイテムや登場人物にも新たな設定が加えられており、殺人事件をめぐる濃密な人間関係がより鮮明に描かれている。

前述の「オリエント急行殺人事件」では、ラストに「エジプトで殺人事件です。ナイル川で」というセリフがあり、次回作の予告もされていた。このセリフをそのまま受けとめると時系列に齟齬が生じるのだが、「ナイル殺人事件」ではさりげないやりとりで帳尻を合わせていた。また、前作にも登場していた人物が、新たな作品でも事件の鍵となる重要な役を与えられており、このあたりの緻密な設定も光っている。

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『ナイル殺人事件』/ 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン/(c)2022 20th Century Studios. All rights reserved

このような新たな趣向が加えられた「謎解き」も作品の魅力の1つだが、前作の「オリエント急行殺人事件」と同様に、監督自らが演じる、人々の心の襞に入り込みながら事件を解決していくエルキュール・ポワロとしての演技も見どころだ。

そういう意味では冒頭とラストのエピソードも含め、名探偵ポワロの人間像を描く決定版という趣もあり、これまでも人物描写にこだわりを見せてきたブラマー監督らしい作品だ。

さらに、ギザのピラミッドやスフィンクス、アブ・シンベル神殿などをめぐる「観光映画」としても、「ナイル殺人事件」は楽しむことができる。特に時代設定となっている1937年には、アブ・シンベル神殿はまだ移築される前でナイル川に面しており、かつての偉容が作品のなかでも再現されており目にすることができる。
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文=稲垣伸寿

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