情報収集とコミュニケーションは、視覚と聴覚だけでは無理。五感の社員食堂

昔から、百聞は一見に如かずといわれる。2年にわたるコロナ下での情報収集と真相判断のポイントだ。とりわけ海外情勢や外国からの日本への評価について当てはまる。人の話を聞いたり読んだり、人の目を通して間接的に見たりするだけで判断すると危ない。

まずは中国関連である。コロナ以前でも、日本のメディアによる中国報道には、違和感を覚えることが少なくなかった。リーマン危機後、日本メディアは、中国の過剰な不動産、株式投資バブル崩壊と理財商品の破綻、企業倒産や地方政府財政の危機を繰り返し報道した。

「和諧社会」を目指すと強調するが、中国社会の格差は増すばかり、経済成長の天井が迫りつつあって、中所得の罠に引っかかるという論調が主だった。

日本にいると日本の報道がほぼすべて、せいぜい英米の新聞、雑誌とCNN、BBCで補完する程度だが、それらも大半が中国経済を悲観視するものだった。次第に自分の頭は対中国悲観論で占められていった。

コロナ前、私は3カ月ごとに中国を訪問していた。北京や上海を訪れるとレストランは満員で、広い道路には高級車が大渋滞、行き交う人々の表情は明るい。中国社会科学院の幹部は状況を冷静に分析していて、債務問題、人口問題、環境問題、中所得の罠、農民工と格差問題等々に強い問題意識をもっていた。

それでも、日本国内で喧伝されるような終末論ではない。この目で見た元気な中国の残像を宿して帰国したものである。

ところが、しばらく日本にいると相変わらずネガティブ情報の山である。中国専門家と称する人々は「そりゃ上海、北京みたいな大都会ばかり見ているからだ。西部や農村はひどいものだ」としたり顔でいう。

すっかり中国悲観論に染まってから、また3か月ぶりに訪中すると、「?」である。中国は日本でいわれるほどにひどくはない。活況である。だが、帰国すると……。その繰り返しだった。

もうひとつが東京五輪だ。日本ではメダルラッシュに沸く一方で、コロナが拡大していることから否定的な報道が多かった。某メジャー新聞は五輪の中止を社説で訴えたほどだ。

では海外はどうだったか。英米からアジアまでの主要メディアは、「コロナ被害者への救いだ」「運営の勝利が2020の勝利を生んだ」「難局での開催を敢行した日本に衷心より感謝する」といった論調が多かった。もちろん、五輪開催に懐疑的な見方もあったが、主流は肯定的だったと感じている。

東京在住のウィリアム・ゲイ弁護士にからかわれた。「コロナ下の五輪は奇跡だよ。なのに日本の自虐癖がエンジン全開だ。政権を葬り去っちゃったんだから恐るべしだ」。これまた、人づてに日本を語っているとハマる罠であろう。
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文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN No.089 2022年1月号(2021/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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