ビジネス

2022.02.19

未来もプロデュースする自治体の首長を追う──北野唯我「未来の職業」ファイル

渋谷区長の長谷部 健



区の建設費負担ゼロで2019年に開庁した渋谷区役所新庁舎(地上15階、地下2階)。エントランスはシビルガーデンに面し、LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)と民間の住宅棟が隣接する。2階と3階の総合窓口ゾーン(区民総合窓口)では、区民があちこちの課へ出向くことなく、職員の側が来てくれる仕組み。身近な手続きを銀行窓口のようにワンストップで受け付けてくれる。

北野:経営者と少し違う感覚なんですね。

長谷部:近い部分もありますが、一般の会社と違うのは、扱うものが「生活にかかわること全般」なので、子育てに関することもあれば、障がいのある方や高齢の方に関すること、日々さまざまなことが起こります。ただ座って眺めている仕事ではないですね。

多岐にわたる利害関係者すべての思い通りにいくこともありません。調和のある社会を目指すとは、バランスを取っていくことなのでしょう。みんなが100点を取ろうと思ったら調和しませんから。「私は90点」「俺75点でも良い」という具合に、自分が少し損をしても、みんなにとって良いかたちを目指すことが調和なのだと思います。そういったことを区民の一人ひとりが考えられるようになり、より成熟していけたらいいですね。

自治体を率いる仕事の醍醐味


北野:パートナーシップ(渋谷区パートナーシップ証明書)証明書の発行で、僕、一気に渋谷が好きになりましたよ。

長谷部:議員時代の流れで条例をつくる話だったので、プロデューサーというより政治家としての仕事でした。区長として最初に取りかかったのは基本構想の策定です。1年間ぐらいかけて審議会を開き、ずっとコピーライターに入ってもらいました。さまざまな人が言うことをプロが丁寧に聞き、「ちがいをちからに 変える街。渋谷区」という表現にまとめられたのだと思います。

北野:区にとって、コピーや言葉はどういう意味をもっていますか?

長谷部:前職で企業のCIやブランディングをやってきたのと同じ大切さです。インナー向けにもモチベーションが上がる言葉は必要ですね。

街の将来像を示すとき、具体的な絵を見せられない段階でも、言葉がもつ力は伝わります。そこからインスパイアされてアイデアが出るんです。「ササハタハツ」(笹塚・幡ヶ谷・初台駅周辺)も、少しずつ浸透しています。あの辺りのブランディングをこれから仕かけます。緑道はニューヨークの「ハイライン」に負けない整備をするので、きっとより魅力ある街になりますよ。

北野:区長という仕事の醍醐味はどの瞬間にありますか?

長谷部:自分の生まれ育った街がますますよくなっていくさまは、見ていてうれしいです。その変化に自分がいま大きく関わっているわけですから、やはり楽しいですよ。まちづくりがデザインできている感覚、着実に進んでいる感覚は、喜びの実感としてあります。

北野:ご自身が原宿育ちですからね。いつかのインタビューで、高層ビルが渋谷に建つことは重要だけど、結局のところ「文化はストリートからしか生まれない」ともおっしゃっていました。

長谷部:高層ビルが生む文化はありますが、この街にはストリートの文化もずっとあって、それを僕はつぶさに見て、もまれて大人になったわけです。渋谷は鎌倉や京都といった街と違って何百年もの歴史があるわけではありません。いいものをきちんと残しながら、常に「更新し続ける」都市の宿命があります。

そのための原動力が多様性だと思っています。互いを認め合い、時には反発もするけど、最後は調和していく。それは、日本中から人が集まった渋谷のストリートカルチャーで行われてきたことです。だから「ちがいを ちからに 変える街」が、区の行政でもいちばん上の言葉になるんですね。
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文=神吉弘邦、北野唯我 写真=桑嶋 維

この記事は 「Forbes JAPAN No.089 2022年1月号(2021/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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