クライアントから希望を聞き、予算に応じて建物や空間を設計する。そんな従来の職業イメージを一変させる、業界の反逆児を訪ねた。
北野:以前から建築家にいろいろ聞きたいことがあって、まずは、建築だけでできること、建築だけではできないことの境目を伺いたいです。
谷尻:僕たち設計事務所は「つくってほしいもの」が決まってから依頼されます。でも、その内容がイマイチなことが何度かあって「まずいラーメンなのにお客さんを呼んでくれ」と言われているみたいで、嫌だなって。昔から内装を頼まれても「ロゴはどうなの?」「ショップカードはある?」「音楽どうする?」「ユニフォームは?」と全部聞いていたんです。お店がかっこよくても、一瞬で台なしにする要素はいくらでもありますから。
北野:どちらかというと経営コンサルの姿勢に近いですね。依頼主のなかには「谷尻さんの専門はラーメンじゃないから、内装と外観だけ考えてくれたらいいんだ」という方もいらっしゃるのでは。
谷尻:いますね。「でも、ラーメンまずくないですか?」と言いますよ(笑)。仕事を受けるということは、お店がうまくいかなかったときに建築家も責任の一端をもつということです。変な仕事を受けると、自分たちの会社の看板を汚すことにもなる。だから仕事の受け方、やり方は大事にします。
北野:この案件をやってから、仕事の内容が変わったというものはありますか?
谷尻:2014年につくった「ONOMICHI U2」は企画から一緒に入り、その場所で何をやるべきか一緒に話し合いながらやらせてもらいました。それがうまくいって「僕らのチームはそういうことができる」と認知してもらえ、仕事の頼まれ方が変わってきたという感じがします。それまでは、頼んでくださる方々のほとんどに「空間をかっこよくつくってくれたら、運営はこちらでやるから」と言われていました。
でも、言われた金額の範囲内でやるだけの仕事は、プロジェクトの蚊帳の外にいるみたいでした。本来、工事費を上げても売り上げを立てられる方法があるかもしれないし、経営上の「かけるべきじゃない」「もっとかけよう」というところまで踏み込めると、プロジェクトへの信頼度も上がるんじゃないか。そう思ってから、「僕らが経営するならどうするだろう?」と考えて、設計者であり、経営者であり、クライアントでもあるという3つのポジションに立ちながらプロジェクトをやろうとなっていったんです。