凶弾にたおれる医師たち。精神科医が分析した「拡大自殺」、その深層

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去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの 虚子

年が改まってひと月以上たったというのに、正月の俳句(「何の変哲もない棒のようなものが、去年と今年を貫いている」)を掲げたのは、ほかでもない。暮れから新年にかけて相次いだ殺人事件について述べたいがためである。その共通項とされる「拡大自殺」を精神科医の立場から見つめ直してみたい。

前日に病死した母親の主治医を散弾銃で射殺


昨年12月17日、大阪市北区の雑居ビルにある心療内科にT容疑者(61歳)が放火し、25人が犠牲になった。1月27日、埼玉県ふじみ野市の自宅に立てこもったW容疑者(66歳)が、前日に病死した母親の主治医を散弾銃で射殺した。

報道によれば、大阪に生まれたTは板金職人の父のもと、自らも板金工となった。しかし、兄と仲違いして実家を出てしまう。腕はよいものの頑固で、職場の親方から注意されると顔を真っ赤にして抗弁するような性格だった。2008年に離婚すると仕事を辞め、長男への殺人未遂事件を起こした。「家族を道連れにして自殺する」つもりだったという。

服役後はひとり孤独をかこち、経済的にも貧窮した。生活保護を申請したが、持ち家があったことなどで取り下げた。そのころから「不眠」のため心療内科クリニックに通院。いよいよ金銭も底をついた半年前から、クリニックを襲撃して患者を殺し自分も死ぬ「拡大自殺」を計画した。

何回も下見をし、事前にガソリンや催涙スプレーを用意。事件直前の夜中、クリニックのあるビルに侵入し、非常口の扉を粘着テープで目張りする念の入れようだった。当日はビル4階のクリニック入り口にガソリンを撒き、逃げようとする患者を押しとどめ、自らも炎に身をゆだねる様子が防犯カメラで確認された。院長の西沢弘太郎医師も犠牲となった。

「母を心臓マッサージで蘇生しろ」


一方、1月末に起きた埼玉の医師銃殺事件。これも報道によれば、東京出身のWは鍛冶職人の父と洋服仕立店で働く母とのひとりっ子として育った。高卒後、信用金庫に勤め、26歳で自宅を新築したが、4年で手放した。知人の話では、会社の金を使いこみ懲戒解雇されたという。

その後両親は別れ、母親と2人暮らしの生活が始まった。都営住宅を経て、埼玉県富士見市に転居。2000年と08年に狩猟用の中古散弾銃を2丁購入している。

近所付き合いもなく、年金頼りの2人は母親の病院通いが唯一の社会との接点だった。ところが、Wは付き添い先の病院、施設でことごとくトラブルを起こす。最後に関わったのが地元で在宅医療をする鈴木純一医師だった。

しかし昨年、母の胃ろうなどを巡って医師と意見が食い違い、年が明けて医師会に苦情電話をかけた。その2日後、母が92歳で息を引き取ると、在宅医療スタッフ7人に弔問を求めた。さらに、死後丸一日たった母を心臓マッサージで蘇生しろという、医学的に想像できない要求。鈴木医師は丁重に断った直後凶弾にたおれ、同行した理学療法士も撃たれて重傷を負った。

逮捕されたWは取り調べに「母が死んでしまい、この先いいことがないので、医師とスタッフを殺して自殺しようと思った」と語ったとされる。

この発言から、埼玉の医師銃殺事件は大阪の放火殺人事件と同じ「拡大自殺」という見方が広がっている。
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文=小出将則

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