ライフスタイル

2022.02.12 18:00

凶弾にたおれる医師たち。精神科医が分析した「拡大自殺」、その深層

Photo by Paul Einerhand on Unsplash


「拡大自殺」とは


精神科医の片田珠美氏は著書『拡大自殺』(角川選書)の冒頭で、大量殺人について米国犯罪学者の心理・社会的分析を紹介し、大量殺人の6要因を挙げている。
advertisement

(1)長期間にわたる欲求不満(2)他責的傾向(3)破滅的な喪失(4)外部のきっかけ(5)社会的、心理的な孤立(6)大量破壊のための武器の入手

同書出版は5年前。その前年に起きた神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園事件」が分析されている。これらの要因を今回の両事件に当てはめるとどうなるか。


advertisement

前述のエピソードから、TもWも他人を責める傾向を持つのは明らかだ。離婚後に長男傷害で服役したT、母親の介護で周囲に憤懣をぶちまけたWとも欲求不満は長期にわたった。破滅的な喪失は、Tには経済基盤を完全に失ったことだろうし、Wには母の衰弱と死がそのまま当てはまる。

外部のきっかけとは同種事件の影響を受けること。インターネットの時世、Tは京都のアニメーションスタジオ放火殺人事件など過去の大量殺人事件を検索しているし、埼玉の事件は大阪の事件のわずか1カ月余り後に起きた。

ガソリン、猟銃は「意外と手に入る」


私が重視したいのは社会的、心理的な孤立と大量破壊のための武器の入手だ。

Tは、自らまいた種ではあるが、家族と絶縁し、生活保護も受けられず、精神の孤立状態が続いた。Wは母親という自分の“分身”を唯一の社会との接点としたがゆえに、母の老化と病気という不可避の出来事を受け止められず徐々に狂気に突入、最後は母の死で一気に爆発した感がある。

Wが本当に自殺するつもりだったのかは、今後の捜査を待つ必要があるが、精神鑑定は実施されるべきと考える。

そして凶器。ガソリンや猟銃が意外と手に入りやすいという現実を、私たちは喉元に突き付けられているような気がする。

加害者の精神病理だけでなく、今回さらに考えたいのは犠牲となった医師たちのことだ。

一人で約160人担当、キーワードは「利他」──


大阪・放火殺人事件の被害者、西沢医師は49歳。私より10年ほど若いが、経歴で似た点がある。

内科医として始めたキャリアから精神科勤務を経て、実家の心療内科を手伝った。7年前に自らも心療内科をビル開業。同時に自動車製造会社の産業医としても働いてきた。

私も内科など研修後に精神科で勤務を続け、8年前に心療内科を開業した。同時に労働衛生コンサルタント資格を活かし、産業医活動に従事してきた。昨今の労働環境の厳しさは心得ている。

なので、都心で夜遅くまでクリニックを開く方針は痛いほどよく理解できる。ただ、筆者の場合、クリニックの最終受付は午後7時。西沢医師のように夜10時までやる余力はない。

一方、埼玉・猟銃殺人事件の犠牲となった44歳の鈴木医師は総合病院の勤務医から9年前、在宅診療のクリニックを開設した。報道では「患者と接するうちにニーズを肌で感じるようになった」のが理由。一人で160人ほどを担当し、地元在宅医療の「守護神」だった。

昨夏の東京パラリンピックの聖火リレーでは、難病の車イス女性の伴走をした。その患者を眼科医に紹介した時の診療情報提供書には、「彼女の生きがいや家族の要望」まで細かく記入してあったという。

私もときに往診を依頼される時がある。かつて勤めた精神科病院では看護師と訪問診察に出かけた。山奥の患者宅で、足の踏み場もない部屋をじかに見て分かることもあった。本音は精神科往診をしたいのだが、これも大阪の場合と同様、今の私にはその余力がないのを痛感している。
次ページ > ヒトは、相手の「利他の程度」を見分けられる

文=小出将則

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事