凶弾にたおれる医師たち。精神科医が分析した「拡大自殺」、その深層

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ヒトは、相手の「利他の程度」を見分けられる


利他──人間の行動を進化の産物とみなす人間行動進化学では、助ける側が一方的に損をして相手に利益を与える行動を利他行動と呼ぶ。

働きアリや、ほかの鳥が生んだヒナを育てる「ヘルパー」など一部の動物にも利他行動が見られるが、霊長類とりわけヒトではより多くの利他的な行動が認められる。

進化の過程で、表情や身振りから他人の「利他の程度」を見分ける能力がヒトに備わったという研究がある。「お互い様」という表現が象徴するように、人間にとっての利他行動は一方的に助ける側が損をする行動ではなく、集団全体が益を得る仕組みに進化しているというのだ。「情けは人のためならず」というわけだ。


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「医は仁術」とは古来の言葉だが、仁愛の意味が失われた現代において、「医は算術」と揶揄(やゆ)されるのも日常茶飯となった。それだけにコロナ禍のいま、医療従事者たちにとって仁術と同義語とも言える「利他」への思いと行動が強まっている、と私には感じられる。

寝る間を惜しんでこの厄介な感染症と向きあい、ひとりでも多くの患者を救おうとする医療スタッフの報道に接すると、同じ医療人として胸が熱くなる。実際、埼玉銃殺事件の被害者、鈴木医師はコロナ禍の第6波に備えて「絶対に来る」と準備していたという。現代にも利他を実践する「赤ひげ」は存在した。

患者のために身を粉にして働いた西沢、鈴木先生──二人が犠牲者となったのは偶然だったのか?この重苦しい問いが、私の頭の中をぐるぐると回っている。

「利他プロジェクト」研究も


政治思想家で東京工業大学教授の中島岳志氏は2020年2月、「未来の人類研究センター」を設立し、「利他プロジェクト」研究をスタートさせた。偶然だろうが、コロナ・パンデミックの始まりと同時期だ。

中島氏は昨秋出版した『思いがけず利他』(ミシマ社)で以下のように書く。

フランスの経済学者ジャック・アタリが「合理的利他主義」を説いている。自らが感染の脅威から逃れるには他人の感染を防ぐ必要がある。つまり、利他主義は最善の合理的利己主義にほかならないとの主張だ。これは先にのべた人間行動進化学の間接互恵システム(お互い様)に基づく。

だが、見返りを前提とした「利己主義的な利他」では利他の持つ豊かな世界を破壊するのではないかと中島氏は疑問を呈する。

「利他には様々な困難が伴います。偽善、負債、支配、利己性、、、」

そして、これらのくびきから逃れる考え方としてあるのが、利他の本質の「思いがけなさ」だと唱える。

中島氏は人間の意思を超えた利他の意義を説くため、古典落語「文七元結(ぶんしちもっとい)」を引っ張り出してくる。
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文=小出将則

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