そうしたことはさまざまな関係性に影響していくもので、職場では突然プロジェクトから外され、みどりとの間にも刺々しい空気が漂い始める。
自分がすべてを把握しコントロールしていると信じてきた良多は、まるで霧の中に立たされているような状況に陥っていくのだ。
こうした流れの中で、良多には見えていなかった真実を口にする人物が3人登場している。
1人目はみどりの母、里子。子供取り違えの件で酷く落ち込んでいる娘に、「あなたたちのことを良く思ってない人が世間にたくさんいるのよ」と呟く。
否定するみどりだが、後の裁判で、病院で子供をすり替えた元看護師の、野々宮家があまりに幸せそうで自分と引き比べて嫉妬したとの告白が出てくる。つまり里子は、過去を的確に捉えていた人である。
2人目は埼玉に住む良多の父、良輔(夏八木勲)。「これからどんどんその子はおまえに似てくるぞ。慶多は逆にその相手の親に似ていくんだ」と断言する。
実際、琉晴は遊びの時にはリーダーシップを取り、納得いかなければ執拗に尋ね、目端がきいて行動力もある、良多にどこか似た少年として描かれている。一方、慶多の優しい気質は雄大譲りなのかもしれない。良輔は未来を見通す人である。
一人前になるまで「見守る」
3人目は、良多の移動先の群馬にある研究所の職員、山辺(井浦新)。人工林の中を歩きながら「蝉がここで卵を産んで幼虫が土から出て羽化するまで、15年かかりました」と言い、驚く良多に「長いですか?」と問う。
15年とは、子供が成長し大人に近い体格やコミュニケーション能力を獲得するまでの年月だ。元服のあった時代、男子は15歳で一人前の大人扱いをされた。一人前になるのに、15年かかるのだ。
親は少なくともその年月を、性急に結論を出すことなくじっくりと子供を見守らねばならない。山辺の言葉は、「育てる」ことについての重要な示唆を含んでいる。
「負けたことがない奴」と雄大に皮肉を込めて言われた良多だが、最後に3つの“敗北”を喫する。
まず、時効で罰せられることのなかった元看護師のアパートに、謝罪金を返しに行った時。金を突き返し怒りをぶつけようとした良多の前に、彼女の息子が立ちはだかる。歳の頃はちょうど14~5歳だろうか。再婚相手の連れ子で6年前は懐かず悩んでいた、その子が成長して育ての母を庇おうとしている姿に、良多は降参せざるを得ない。
さらに、交換して引き取った琉晴は、良多から一方的に押し付けられる教育にも遊び相手のいない環境にも馴染めず、1人で群馬の家に帰ってしまう。実の息子からの拒絶というこの手痛い経験を経て、少しずつではあるが良多はみどりとともに、1人の個性をもった少年としての琉晴と向き合っていく。
(c)2013「そして父になる」製作委員会
最後に彼はある日、慶多が置いていったデジカメの中に、元・息子の本当の心を発見する。慶多がどんなに父親の自分を信じ追いかけていたかという、それまで意識していなかった事実、そしてその信頼に応えるだけの器が自分にはなかったという強い自責の念が、良多を打ちのめす。
かつては懸命に父の背中を見つめていたに違いない元・息子の小さな後ろ姿を、初めて必死に追いかける元・父。
最後、慶多の何気ない無邪気な質問に、子供と同じ目線で答える良多の「ううん、初めて知った」は、まさに「これまで何も知らなかった父」としての応答でもあるのだ。
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