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2022.01.06

真の労働市場改革

日本の名目平均賃金が、過去25年、ほとんど上昇していない。むしろ、長期的には低下している。一方、ほかの先進国では、毎年3%から4%の賃上げが実現しており、25年間で、50%増から倍の水準となっている。賃上げのない世界では、平均的な労働者の生活水準は上がってこなかった。親世代が達成してきた生活水準を子世代が超えることは難しくなってきた。夢がない。

また、この25年間で、ドル円レートは大きく変動したものの、平均すると100円〜120円のレンジにいることが多かった。つまり、市場レートで換算して、日本は外国からみて驚異的に「安く」なったのである。日本の土地や会社が海外の会社や投資家に買われていったのは、日本の会社のガバナンスが悪かったことは確かにあるが、日本のあらゆる物・サービス・資産が国際的にみて安くなってきたことを意味している。日本の学生・社会人が欧米の大学や大学院へ留学することも、学費が高いという理由もあって難しくなってきた。

最低賃金の引き上げ、ワーキングプアの解消は、2012年から20年までの安倍政権でも重要な政策目標で、経団連や連合に働きかけて春闘での賃上げを要請していた。岸田政権では、賃上げを実現した企業には法人税の軽減措置を行うことを提案している。そもそも賃金は自由な市場で決められているのであって、政府が介入することは正しい政策なのだろうか?

日本の賃金はなぜ長期にわたって上昇しなかったのか。この間、企業の業績がずっと悪かったわけではない。世界金融危機や、コロナ危機では大きく業績が悪化した企業も多い。しかし、アベノミクス以降、コロナ危機の開始までは、多くの企業で、史上最高の業績をたたき出している。企業貯蓄も大きく増加してきた。では、なぜ企業は賃上げを行わなかったのか。なぜ労働者は賃上げを要求しなかったのか。

すぐに思いつく理由は次のようなものだ。

(1)企業が、業績のよい年にはボーナスを積み増すことはしても、ベースアップ(年齢賃金カーブ全体のシフトアップ)は、将来の負担を固定化することから、できるだけ避けてきた。結果として、賃金が継続的に上昇することはなかった。賃金を引き上げなくても労働者の採用や維持に問題が起きていないので、賃金を引き上げる圧力は生じなかった。

(2)労働者、あるいはその利害を代弁すべき労働組合も、賃上げを全面的に強く要求することもなかった。1990年代半ば以降、危機のたびに、非正規雇用の雇い止め、正規社員の早期希望退職、新規採用停止などを経験して、労働者や労働組合が、雇用の維持を最優先して、賃金上昇の要求を控えてきた。
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文=伊藤隆敏

この記事は 「Forbes JAPAN No.090 2022年2月号(2021/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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