(3)暗黙の終身雇用制度を守る企業、守られる労働者が多く、成長率の高い産業への労働者への移動が起きず、生産性が伸びなかった。
(4)国際的なビジネスを展開する大企業が、これからの成長市場は人口が減少する日本国内ではない、と判断して国内での大型の設備投資を控えたため、生産性が伸びず、その結果として賃金が上昇しなかった。
賃金が25年にわたって上昇しなかった原因が、好業績の企業が内部留保をため込みながら、安くても働く労働者を「搾取」しているということであれば、政府が介入をして、減税措置のインセンティブをつけて賃金上昇を促す、という政策は社会的に好ましい効果をもつかもしれない。これは、労働分配率を引き上げるような所得再分配政策が必要なケースである。
さらに、賃金上昇を多くの企業で実施すれば、消費が喚起されて賃金上昇、需要喚起、国内販売上昇による企業業績回復の好循環が起きるとすると、個別の企業は同業他社との競争上、賃上げを渋る企業も、すべての企業が賃上げをするのであれば、賃上げに同意する可能性が高い。かつては労働組合が春闘で果たしていた役割を政府が果たすことになる。社会的な協調の失敗を是正する手段として正当化される。しかし、賃金の上昇しなかった要因が、日本国内の労働生産性の上昇の欠如が原因だとすると、別の政策が必要となる。賃上げを促すような政府の対策は、賃上げ欠如の分析と、政策効果の理由の説明が必要だ。(12月9日記)
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学客員教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002〜14年東京大学教授。近著に『Managing Currency Risk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2nd Edition、共著)。