「資金調達をせずに事業を始めたので、リテールテックが軌道に乗るまでは、店舗へのアドバイザー料や、自社メディアを作ってそこから得られる広告収入などで稼いでいました」
成果を生み出すのには3年以上の時間がかかった。その後資金調達を行い、事業をリテールテックに一本化。導入企業を順調に増やし、19年5月にベータ版、20年10月にウルモの正式リリースに至った。
組織論はない
誰も踏み入れなかった領域に挑戦し、現在約140人からなる企業を率いる伊丹だが、「チームはこうあるべきといった組織論は持ってない」という。
伊丹は、P&Gでも、Googleでも、実績をあげながらもマネージャーとして部下を持たなかった。ではマネジメント力はどこで培われたかというと、「過去の経験」ではないかという。
岡山県に生まれ、小学校から野球を始めた伊丹は、ガキ大将的ポジションで皆を率いる性格だった。高校では野球の強豪校に進学。代打として、甲子園にも出場した。
「厳しい指導は日常茶飯事。そのなかで甲子園を目指すという体育系の環境で育ってきました」
一方、東京理科大学に進学すると、「理系の内気で優しい性格の学生たちが集まっていて、今まで交流のなかったタイプの人たちと大学生活を共にすることができた」と振り返る。
その後、P&Gでは営業のエリート社員たちと、グーグルでは多様な文化的背景を持った人たちと仕事をした。
ガキ大将気質でチームを率いることができる一方、エンジニアなど理系人材とのコミュニケーションもスムーズ。実力社会で磨かれてきたからこそ、年上の役員たちとも対等に意見を交わし合うこともできるというわけだ。
小さくまとまらない、小売業界全体を変える
創業から7期目。ウルモを導入するドラッグストアでは、商品カテゴリーごとに売り上げの上昇が見えている。とはいえ、小売はスーパー、コンビニ、百貨店など領域が広く、ドラッグストアを変えても業界の改革には及ばない。伊丹は現状をどう見ているのか。
「経営のアジェンダにDXという言葉が入るようになり、それを推し進めるためのツールとして、ウルモを選んでいただけるようになりました。これまで小売やメーカーはマス広告で利用者を獲得してきました。フェズの顧客には、ウルモを導入することでそのやり方から脱却し、我々が提唱する『セールスリフト(データを活用し、小売やメーカーの売り上げを伸ばす要素を改善していくこと)』を浸透させていきたいです 」
撮影=藤井さおり
その推進において伊丹自身が抱く課題は、「いかに高い目標を掲げ続けられるか」だという。これは、競合がいないからこその苦難でもある。
「限られた小売事業者だけを顧客として抑える、といった小さな手は簡単に打てる。そういう考えがチラつくこともあります。しかし、すでに小売のDXを左右する立ち位置になったいま、その責任は放棄できない。小売全体を変えるという目標を掲げ続け、そこに全力投球していきたいです」