苦難に立ち向かう女性が主人公。東京国際映画祭で賞に輝いた2つの作品

東京グランプリに輝いた「ヴェラは海の夢を見る」(c) Copyright 2020 PUNTORIA KREATIVE ISSTRA | ISSTRA CREATIVE FACTORY

東京グランプリに輝いた「ヴェラは海の夢を見る」(c) Copyright 2020 PUNTORIA KREATIVE ISSTRA | ISSTRA CREATIVE FACTORY

今年から会場を六本木から日比谷・有楽町・銀座エリアに移して開催された東京国際映画祭(10月30日〜11月8日)。第34回を数えるが、上映作品を中心となって選ぶプログラミング・ディレクターも替わり、作品の選択にも特色が見られ、新たな道へと歩み出したようだ。

コンペティション部門では、113の国と地域から1533本の応募があり、15本が選ばれ上映された。コロナ禍による応募作品の減少やクオリティの後退も心配されたが、昨年の1356本を上回る応募があり、10本が世界初上映だった。

今回、コンペティション部門の最高賞「東京グランプリ」に輝いたのは、東欧コソボのカルトリナ・クラスニチ監督の初長編作品「ヴェラは海の夢を見る」。また次点に当たる審査員特別賞もベルギーのテオドラ・アナ・ミハイ監督の「市民」が受賞して、今年は女性監督の作品が大きな注目を集めることになった。

グランプリはコソボから初参加の作品


「ヴェラは海の夢を見る」は、コソボからは初の東京国際映画祭への参加作品。監督のカトリナ・クラスニチも「コンペティション作品に選ばれたことだけでもとても光栄だ」と語っていたのが印象的だった。

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カトリナ・クラスニチ監督(c) Copyright 2020 PUNTORIA KREATIVE ISSTRA | ISSTRA CREATIVE FACTORY

コソボは、1990年代のユーゴスラビア解体で起きたコソボ紛争を経て独立を宣言したが、自国の領土とみなすセルビアやその友好国からは承認されていない。当然、そのような複雑な状況も作品には織り込まれているが、何よりも降りかかる困難に毅然として立ち向かう女性主人公の姿が力強く描かれている。

手話の通訳をしているヴェラ(テウタ・アイディニ・イェゲニ)は、判事である夫と暮らしていたが、舞台俳優でシングルマザーの娘のために、かつて住んでいた故郷の家を売ろうと夫に相談する。しかし話を聞いた夫は突然自殺する。実は夫には賭け事でつくった借金があり、故郷の家は抵当に入っていたのだ。

親族が家の権利を譲渡しろと迫るなかで、ヴェラは強くそれを拒むが、付近での高速道路の建設も絡み、姿の見えない相手から脅迫まがいの仕打ちを受けるようになる。それでも独力で事態を打開しようとするヴェラだったが……。

もちろん周囲の国から独立を脅かされているコソボの状況を、主人公のヴェラに仮託して物語を読み解くこともできるが、それ以上にクラスニチ監督自身の主人公に対する強い思い感じさせる作品だ。コンペティション部門の審査委員長でもある女優のイザベル・ユペールは次のように講評している。

「夫を亡くした女性を繊細に描くとともに、男性がつくった根深い家父長制の構造に迫る映画でもあります。監督は国の歴史の重みを抱えるヴェラの物語を巧みに舵取りしています。歴史の重みは静かに狡猾に、社会を変えようとするものに脅威を与えるのです」

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審査委員長のイザベル・ユペール(写真左)(c)2021 TIFF

ユペールはまた、クラスニチ監督を「コソボの勇気ある新世代の女性監督」とも評している。タイトルにもなっている「海」は、主人公ヴェラの夢のシーンとして何度も描かれるが、海に面していない内陸に位置するコソボを思えば、監督がこの場面に託した意図もじんわりと伝わってくる。筆者としてもグランプリにふさわしい作品だと考えている。
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文=稲垣伸寿

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