苦難に立ち向かう女性が主人公。東京国際映画祭で賞に輝いた2つの作品


入賞7作品のうち3作品が女性監督


審査員特別賞に輝いた「市民」は興味深い成り立ちの作品だ。監督のテオドラ・アナ・ミハイは、チャウシェスク独裁時代のルーマニア・ブカレストの生まれ。その後ベルギーに移住して、アメリカのニューヨークで映画を学んでいる。今回の作品はベルギーとルーマニアとメキシコの合作映画で、舞台はメキシコ。犯罪組織に誘拐された娘を独力で探す女性主人公を描いている。


「市民」Copyright 2021 Menuetto/ One For The Road/ Les Films du Fleuve/ Mobra Films

北部メキシコの町に暮らすシエロ(アルセリア・ラミレス)は、娘を誘拐され、身代金を払えば解放すると脅迫される。お金に困っているシエロは、別れた元夫に身代金を用立ててくれないかと頼み込む。指定された額には足りないがなんとかなるという元夫の言葉を信じて身代金を渡すが、娘は戻ってこなかった。

シエロは警察に相談するが、失踪や誘拐事件が多発していることもあり、真剣にとりあってくれない。独力で娘を探そうと決意したシエロだったが、新任の軍の責任者に頼み込んで、ともに娘を誘拐した犯罪組織に迫ろうとするが、軍には軍の思惑があった。シエロが闇の社会に立ち入り見たものは……。


テオドラ・アナ・ミハイ監督 Copyright 2021 Menuetto/ One For The Road/ Les Films du Fleuve/ Mobra Films

「脚本を書くきっかけとなったのは、あるメキシコ人女性から打ち明けられた実体験でした。『目が覚めるたびに、殺したい、出なければ死にたいと思う。毎朝そういう気持ちになる』と彼女は言いました。暴力的な人間にまったく見えないメキシコの中年女性になにがあったのか、彼女の物語をたどることにしました」

ミハイ監督は、なぜそんな感情になったのか、彼女の証言をもとに「市民」という作品をつくっていったのだという。この作品でも立ちはだかる難事に立ち向かう主人公の姿が強烈に描かれている。

今回の東京国際映画祭ではメキシコ発の作品がもうひとつあった。フリア・チャベスが最優秀女優賞に輝いた「もうひとりのトム」だ。実はこちらの作品も、夫のロドリゴ・プラとの共同監督ではあったが、妻であるラウラ・サントゥージョ監督の作品であり、コンペティション部門の入賞7作品のうち3作品が女性監督によるものだった。

null
「もうひとりのトム」の共同監督を務めたロドリゴ・プラとラウラ・サントゥージョ(c)Buenaventura Producciones S.A. de C.V

コンペティションにはこれも女性監督による作品「オマージュ」が出品されていたが、こちらも筆者的には賞に値する作品だったと考えている。1960年代の韓国である女性映画監督がたどった苦難の道のりを、主人公である女性監督が明らかにしていくという内容だが、シン・スウォン監督の深い映画愛に支えられたオマージュに溢れた作品となっていた。

null
「オマージュ」(c)2021 JUNE Film. All Rights Reserved

日比谷・有楽町・銀座エリアに移り、地域内の5つの映画館と劇場で作品が上映された今回の東京国際映画祭だったが、より「街」に密着したイベントになっていたように感じた。コロナ禍で海外の映画祭がオンライン開催となっているなかで、それは映画のひとつの未来を示していたようにも思える。

「第34回東京国際映画祭」コンペティション部門各賞受賞作品と受賞者

東京グランプリ 「ヴェラは海の夢を見る」カルトリナ・クラスニチ監督(コソボ/北マケドニア/アルバニア)
審査委員特別賞 「市民」テオドラ・アナ・ミハイ監督(ベルギー/ルーマニア/メキシコ)
最優秀監督賞 ダルジャン・オミルバエフ監督「ある詩人」(カザフスタン)
最優秀女優賞 フリア・チャベス「もうひとりのトム」(メキシコ/アメリカ)
最優秀男優賞 アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、バルシュ・ユルドゥズ、オヌル・ブルドゥ「四つの壁」(トルコ)
最優秀芸術貢献賞 「クレーン・ランタン」ヒラル・バイダロフ監督(アゼルバイジャン)
観客賞 「ちょっと思い出しただけ」松居大悟監督(日本)

連載:シネマ未来鏡
過去記事はこちら>>

文=稲垣伸寿

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事